教場で説明している先生って、しーんとした中、自分の声が響くのを聴きながら、「意味わかってる?通じてる?」って不安な時があると思う。その不安のピークの状態を、イヨネスコは舞台上に意図的に作り出す。 「数」というもの、その概念が、生徒(安井紀子)…
「そして神戸」は怖い歌だ。疵のかさぶたを剥がすような、こちらを撃ちにくる竹刀にわざと当たりにいって、「自分から行く」ことで痛さを軽くするような感じ。濁り水に靴を投げ落とす、と歌詞は言うのだが、ぽいっと靴のように女を捨てたのは男だったかもし…
チケットの整理番号400番くらい、だというのに会場の人はまだ10番を呼んでいる。早すぎだよ、でもなんか早めに来ちゃうのだ。10番、15番、20番、あまりの番号の遠さに「ははは」と笑う。笑っているうちに順番がすんなり来て、ホールへ入る。今日は椅子がない…
「モンテカルロ」という、微かに軽薄さを漂わせた明るい土地から、広大で陰鬱な、秘密でいっぱいの「マンダレー」のお屋敷へ、物語は跳躍する。1926年、21歳の「わたし」(平野綾)はうわさ好きの上流婦人ヴァン・ホッパー(森公美子)の〈お話し相手〉とし…
初台、東京オペラシティ三階近江楽堂、120人が収容人数の音楽ホール。20年以上前からあるっていうのに、今日初めて入ったのが悔やまれる。 見上げるとドーム状の高い天井には十字形のスリットが切られて夕方の明かりを通し、角々に「あ、舟越保武」と一目で…
『下町のヘップバーン』 下町で食堂を営む川端ますみ(由紀さおり)が、もと恋人の芸能事務所社長溝口栄次(渡辺正行)と、映画プロデューサー島本孝太郎(篠田三郎)の間で、ちょこっと揺れる話。 篠田三郎は最初に下手から登場して川端食堂の戸をガラガラ…
オペラの曲「ありがとう、愛する友よ」を聴くといつもアンドリュー・ロイド・ウェバーを思い出すし、その逆もある。きれいで、堂々としていて、覚えやすい。あんまり堂々としていて、あんまり覚えやすくて、そこがちょっと恥ずかしい。 2019年『ラブ・ネバー…
子どもの頃、子供向けの芝居をよく見に行っていた私は2つのことをおぼえた。 一、お芝居って正面向いてセリフを言いながら、後ろの人に話しかけることがある。 二、子どもに解りやすくてやさしい芝居は、大体面白くない。 今日の『飛んで孫悟空』、よかった…
代田橋の夜。暗い。寒い。カフェがない。歩道橋が苦手な私は、200メートルくらい逆戻りして横断歩道を渡る。 小さくFisherと名前の出ているモーガン・フィッシャー邸にたどり着いた。近い。グーグルマップ、ありがとう。 キーボード(黒い布がかけてある)の…
ドストエフスキーって、読むたびにびっくりする。「ええー」「そうきたか」私の読んだ本の中では、一番くらいにびっくり度が高い。あと女の人たちの一筋縄でいかなさも一番。びっくりしたい人、ご一読ください。 今日の『罪と罰』はとても優れた芝居だった。…
「フレディがスポーツ用品店に買い物に来たんだって」 「ふーん」 すっかり大人のつもりの二十歳。中二時分のクイーン熱のことは忘れてしまい、フレディ・マーキュリーも日常と地続きの、等身大の存在になっていた。1年や2年で、熱が上がったり冷めきっちゃ…
それなくしては生きがたいのに、その中では生きられない。あたりまえか。水のことだ。指先が円筒の立てられた棺のような水槽の表面にそっと触る。その硬い感触を感じ、彼女が映画が始まってから何に触ってきたか考えてしまう。アイマスクや蛇口、バスタブの…
ラサール石井の一際ぴりっとした喜劇力で、周りが霞む。乾杯しそうでしない1980年代のパーティシーンだ。ラサール石井は特に声を張ったりしないのだが、その「間」は薄い刃物で削いだように鋭い。でも、だあれもこの「間」に追いつけてない。新感線て、笑い…
「付箋貼って読書」、アコガレル。「整理整頓」ぽい。「確実」ぽい。ちょっとやってみようと思って付箋買ってきた。そして『すいません、ほぼ日の経営。』読み始める。うーん。付箋役に立たないじゃん。 それは私が「職」や「経営」と全く関係ない所にいるせ…
クリスマスイヴ。舞台を遮る黒い幕の上に、白く”幻燈“が出てる。雪だるまや雪の結晶、サンタと橇などがかわるがわるしんみり現れて消える。しんみりするのはこっちだよ。クリスマスイヴに一人で落語だよー。と、心で叫ぶ自分を可笑しく思いながら開演を待つ…
愛嬌は世界を救うか。いや、あの、救わない?よくわかんないけど、「マッチポンプ調査室」の作・演出白倉裕二は、愛嬌のある、いい人なのであった。そこに胸を打たれて帰ってきたよ。 孤児で、十年間監禁されていた神家幸子(山口磨美、矢島美音)は、大学に…
「工房を作って安い絵に加筆、大儲けして邸宅を買った碌でもない絵かき」。 …と、まあ、私の中のルーベンスの評価はこのように最低だったわけだけど、田舎なら近場の温泉にも着くほどの時間をかけて、行ってきました。 会場に入るとかなり大きなスクリーンで…
ゾーイトロープ。切れ目を入れた黒い筒の内側に、すこしづつ動いている物を描いた絵を丸めて入れ、くるくる黒い筒を回すと、中の絵が動き始める、映画の先祖だ。ホリゾントの黒い雲と白い雲が、透き間に見える青空を、すこし、ほんの少し、気のせいぐらいゆ…
おっ、びりっとしてるね民藝。という今日の『グレイクリスマス』であった。斉藤憐の戯曲が面白く、一人一人の俳優が、登場人物と真剣に渡り合うのが感じられる。 ぱっと見、ここがどこなのかわからない、という装置。上手(かみて)に材を選んだ大きな階段、…
演じる女の人がみなハンサムで素晴らしい。新島襄が八重さんをハンサムといったハンサムね。きりっとしてる。 昭和50年ごろ、郊外の住宅地に立った六軒の小さな新興住宅。ここへ越してきた主婦たちの近所づきあいの、波立つ悲喜こもごもが語られる。…って、…
とりあえず、東啓介、いま、きらっきらな時間を過ごしているのだよきみは、と、説教じみたことを言ってみよう。アングラのレジェンドや小劇場の腕利きと、たった今、舞台に立ってる。いいよね。しかも、イカの足的に味わい深い、ずれ続けるノリを表現すると…
舞台を挟んで両側に階段状に客席。仕切りを取り去ったアパートの部屋。貧寒としている。右端と左端に上げ下げ窓があり、左端は四角く囲われてキッチンになっている。みすぼらしいダイニングテーブル、ちぐはぐの椅子、こたつと見まがう寝乱れたベッド、へた…
二幕、化粧前の鏡を囲む電球が、ピアフ(大竹しのぶ)の顔を照らしている。科白はない。けれど、空間は齢を取ってきた女の心で充填され、過不足なく充実している。何も言わない大竹しのぶは終幕では見る見る萎れていく何か美しい儚い夢のように見える。 とこ…
原作通りなんですよこれ、と、終演後、席を立つ隣の人に言いたい気分。驚くよね。宮藤官九郎はワン・アイデアで二時間のシェイクスピア、それも『ロミオとジュリエット』をねじ伏せる。 にしても何故ロミオは胸板の厚い、短躯・五十代の三宅弘城なんだろう、…
三島由紀夫の「ザ・俺」。よくある大河小説のように「自分」のキャラクターを細かく割って大勢の人間をつくりだし、同時代を生きる群像劇に仕上げるんじゃなく、「りんね」の形でキャラクターが桂馬のようにぴょんぴょん跳ねる。繊細で複雑なのさ。 とっても…
トレチャコフ美術館展。どの所蔵品の上にも、パーヴェル・トレチャコフの信条のようなものが、うっすらかかっている。なんだろ、時代思潮ぽいものかなあ。それが絵を皆ロマンティックにしているような気がする。「衒いのない国土への愛」「疑うことを知らな…
開場めっちゃ遅。場内アナウンスが遅れをお詫びするが、WOWOWをウォウウォウとか武部をタケブとか言っちゃって、読めないのか!と、順調に機嫌が悪くなる。2階席のうえの、うえの方に座った時にはすでに7時5分前で、遠い舞台にアルバムと同じ絵柄のオレンジ色…
勇気ある。作品に、演出に、俳優に、プロダクション全部が「勇気プロジェクト」だよ。作家の心の芯、作品の奥底、極北へ近づいてゆくじりじりした歩み、ほんとに怖く、すごいなと思った。かかわりあう、そしてかかわりあわない、四人の男。台詞は細かくカッ…
純情という物はふつう、世に表れない物で、一人で生まれ一人で死ぬ。純情が外に出るのなら、それはうかつだったか、もはや純情でなかったかのどっちかだ。 ここに純情を守れなかった一人の男犬神佐兵衛。彼のすることなすことからいちいちあやつりの糸が垂れ…
「俺は空気を描くけん。」 と、デルフトのフェルメールが言ったかどうだか、たぶん言わないけど、ほかの画家たちが挙って「絵」を描く中、フェルメールは見えない「空気」、確かに空間を充たしているのに、とらえられない自由な広がりを画面に定着しようと苦…