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世田谷文学館「宮沢賢治・詩と絵の宇宙――雨ニモマケズの心――」

 

宮澤賢治が苦手。真面目で真摯。特に童話。授業を一回もさぼらない学生の卒論になる。西洋名の子供たちも気恥ずかしい。ちょっとむりです。と何度も本を閉じた。『土神ときつね』を読むまでは。

 

 いのころ草の茂る小高いところに、一本の女の樺の木が立っている。五百歩ばかり行った「ぐちゃぐちゃの谷地」には粗野で正直な土神がすむ。土神と、野原の南の方から樺の木に会いに来るきつねとは、樺の木をはさんで、微妙な関係にある。きつねは、洗練されていて、物知り顔で、すこし不正直だ。樺の木は、きつねの方がどちらかと言えば好きだ、と書かれている。それというのも土神が「ごく乱暴で、髪もぼろぼろの木綿糸の束のよう、眼も赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしで爪も黒く長い」せいだ。

 

 土神は、ツァイスの望遠鏡だの、星だのの話をして樺の木と仲よくするきつねに激しく嫉妬する。短い話なのに、土神ときつねの心理が、十分以上に書かれている。童話に、嫉妬と殺意を持ち込んで、こんなに美しくて怖い激情の物語に仕上げるとは、苦手にしていて悪かった。とあやまって、それからは愛読しているのである。

 

 この展覧会には賢治が「雨ニモマケズ」を書き込んだ小さな手帳のレプリカが飾られ、その周りにたくさんの画家が描いた賢治の童話の挿絵が並ぶ。みているうちに、ツェねずみが、カムパネルラが、四郎とかん子が現れて、前後左右を取り巻かれているような楽しい感じを持つ。「雨ニモマケズ」の手帳は1934年の2月、賢治が亡くなって5か月後にトランクのポケットから発見された。ごくひっそりした決意表明であるものが、こんなに人口に膾炙しているのは、『土神ときつね』を生むほどのふり幅のある人が、自分を律するための真面目さをしずかに吐露しているからだろう。