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「あかい壁の家」(二回目)

 紀元79年8月24日、ポンペイの時が止まった日付である。ヴェスヴィオ火山で大噴火が起き、山を流れ下った火砕流が街を覆った。逃げる余裕もなかった。食卓の上の卵や切れ目の入ったパンはそのまま化石となり、家々の装飾の壁画は彩色鮮やかに残り、街角のたくさんの落書きは現在でも読むことができる。ポンペイを訪ねる、それはポンペイの最後の日を訪ねるということなのだ。

 激しい雷雨とともにこの街にやってくる青年の名は水野凡平(中川晃教)。雷雨の雨水の一滴、その滴る音が、彼の弾く電子ピアノの涼しい音に重なって聞こえる。凡平はある手紙の宛名の女性を探している。しかし、彼はここで1940年の音楽劇をロックミュージカルに仕立てる芝居のオーディションに参加し、主役を演じる。遠くヴェスヴィオ山を望む小劇場は、ある時は彼の故郷の浜になり、ある時はポンペイの貴族の館であり、またある時は1940年の東京である。例えば彼が出会うのは、姉浪子(高岡早紀)を通しての過去の自分や、最後の日をガイドし続ける女(緑魔子)。宮城から来た凡平は無力感にうちひしがれているが、のたうつ時空の旅を続けるうちに、再生に向かっていく。水野凡平という名は、(みず・の・ポンペイ)という美しい悲しいイメージでつくられている。雨が涙のように流れる地で、その止まらない涙がピアノのように聞こえる場所で、水底にひきこまれていったもうひとつのポンペイへの鎮魂と再生の歌が歌われるのだ。

 二回見て、やっと面白いと思ったのだが、構成が複雑なうえに、情報が過剰である。登場する人々はなかなか関与のほどがわからない。さらっと触れられる「ゲルニカ」「魔笛」ときて、ラストシーン近くなっても、どこを主筋にして、どうついていけばいいのか途方に暮れた、これから見る人には、とにかく凡平に注目!と申し上げておく。