二兎社『兄帰る』

 席に着くなり、舞台セットを見て、顔がほころんでくるのである。白いソファ、差し色の薄緑のクッション、掃出し窓の外の、さわやかな色合いの寄せ植え。目の喜びだ。住宅雑誌の、きれいな個人宅のようである。

 ハーパニエミのマグカップを手に、この家で繰り広げられるのは、この景色を奇妙な形で裏切っていく、十六年ぶりの兄の帰還の顛末である。

 フリーライターの真弓(草刈民代)は夫保(堀部圭亮)と短期留学中の息子と三人暮らし。そこへ突然、お金のことで親族に迷惑をかけ続けだった夫の兄幸介(鶴見辰吾)が帰ってきて、真弓と保の家に厄介になる。姉の百合子(伊東由美子)、父方の叔父昭三(二瓶鮫一)、母方の叔母登紀子(藤夏子)を巻き込んで、様々な思惑が入り乱れ、家の体面や、それぞれの立場から出る姑息な、でも間違ってはいない発言が続く。真弓は一貫して正論を言い、その正論は、仕事でも子供の野球教室でも、兄の問題でも、苦しい所に追いつめられる。この芝居では、観客は、真弓の肩を持ったり、保の処世術に同感したりで、誰かの視線で見とおすことができない。眺めるうちにそこから湯気のように立ち上ってくるのは、ごまかしながら、なんとなく同意されて進んでいく物事そのものである。それにつれてだんだんに、誰かの肩を持つというのではない、登場人物と状況へのかすかな憎しみのようなものが湧き上がってくる。

この憎しみのベクトルは、終盤、幸介が真弓を責めるとき、急に逆向きになって観客の私自身に向かう。白いソファをきれいだと思い、長いものには巻かれた方がいいかもしれないと思う自分への憎しみ。詐欺師というならそれは自分だったような。と思いながら帰途に就いた。