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オーチャードホール高橋幸宏ライヴ

テレビ。30年位前。

「僕のお父さんのまねをします。」

おもむろに迫真の(たぶん)咳払いをする高橋幸宏、田舎の高校生はそのシュールさと説得力に感じ入ったのだった、というようなことを思い出しながら、舞台後方から登場する高橋幸宏とバンドのメンバーを見守る。大きく足音が聞こえる。足音にははっきりと聴きわけられる拍がある。互い違いの強弱の拍。

 これってもしかして、ビ、ビート?いやいやいや、そんな音楽通のつかう言葉はつかえん。打ち消しつつ会場を見渡すと、おしゃれな人の含有率が高い。それは一拍目のドラムスはかっこいいけど二拍目も打つととたんにださくなるとか(知らないけど)、音楽には感覚的な要素が大きいためかな。あるいは高橋幸宏がしゃれてるだけかもしれず。おしゃれじゃないから音楽通になれないのか、音楽通じゃないからあか抜けないのか。自分の今日の服に眼を落しながら考えたりする。

 とにかく、足音の拍と、ドラムスの拍が入れ替わって演奏が始まった。

 Life A new 、今日のために家で聴いていたアルバムは、ちょっとどんよりしていると、

  気にすんなよ!

 と明るい調子で慰めてくれる音で、んー、ど根性ガエルのヒロシのシャツみたいに、本人より少し先を歩いてるような、そんな感じだったのに、ここではまず何よりも拍、それが振動している。抱えたバッグがびりびり震えていて、音が直接胸に入ってくる。それがだんだん、死の予感を持つ心臓の鼓動になって、今度は、客の拍手に溶けていった。

 私は翻然と悟りました、かっこいいっていうのは物の本質にくっついていること、音楽について言語化しちゃう人はけっしておしゃれになれないってことを。