読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サンプル『永い遠足』

2001年に閉校した中学校の体育館、半分が客席、半分が舞台。舞台といっても高さはない。体育館の床。バスケットボールのゴールの線がくっきり見え、下手にあたる体育館の奥隅には植物が並び、上手奥には青いビニールシートがかかって、赤いコーンと立ち入り禁止のテープが張られている。工事現場で見る針金で囲われた電球がさびしく下げられ、「カサカサ」或いは「ゴワゴワ」と音をたてながら小さな車(電気自動車)が客席側のビニールシートを押しのけて登場する。車には荷台ぎりぎりいっぱいの大きさの箱が積まれており、後ろに兵士のような目つきの役者がつかまっている。

 横腹を見せてトラックが停止すると、荷台の箱が開いてテーブル状になり、小さな茶の間が現れた。ここにいるのはノブオ(久保井研)、研究所でネズミにえさを与える仕事をしている中年の男。トラックが裏返る。反対の翼にはダイニング、口を利かない娘アイカ(野津あおい)とその両親がいる。一見、何の関係もないような二つの家が、話が進むにつれてどうすることもできない(運命の)繋がりを持っていることがわかってくる。オイディプスだ。オイディプス王が悲嘆の底に沈み、眼をついて追放されていくのと同じく、ノブオも目が見えなくなる。終幕に登場するノブオのための人工の目。アイカの母キリコ(坂倉奈津子)が手づかみで食べざるを得なかった桃の缶詰は、手がべたべたする不快感なのであるが、この、タッパーいっぱいの人工の目玉は、すこし触っていたくなるような親密感を呼び起こす。

 犬に変わる母、女に変わる父(古屋隆太)。オイディプスを見舞った変えられない、硬直した運命とは違う、新しい運命の可能性。アイカの肩に手を乗せて現れたノブオに救いのようなものがある。そのせいで目玉の柔らかさが快く胸に来るのであろう。挿しいれられた白い大きな膜(膜だと台本に書いてある)は、舞台空間全体がはらむやわらかい運命ではないだろうか。