シス・カンパニー公演 日本文学シアターvol.1[太宰治]

 ――つかえる。

 原作『グッドバイ』で、妻の身替りにする美女のことを、主人公はこんな風に言うのである。やな奴である。汚れてる。

 この芝居の黄村先生(段田安則)も、出だしは似たり寄ったりだ。八人の愛人と別れ話をするために美しい秘書を雇う。秘書の名前は三舞理七(みまいりな=蒼井優)、楚々とした美人だが口を開くと激しい河内弁が耳を搏つ。黄村先生と理七は、愛人たちを訪ねながら少し、ほんの少しずつ親しくなってゆく。

 舞台は劇画調のかきわりだ。下手は木の塀に電信柱がだんだんに遠く、小さく並んでいる。中央におでんの屋台や、先生の書斎が交互にあらわれる。上手はブロック塀、その向こうに屋根や塔が見え、「エーンエーン」という泣き声や、バサバサッと云う擬音が書き込まれている。

 おでんの屋台には、二重回しを着こんだフリーランスの小説家のような男(高橋克実)がいて、愛人との別れ話を済ませた先生と理七に絡んだりする。流しの歌手茜(山崎ハコ)が歌を歌う。舞台転換のたびに、ぼんぼりのあかりのようにセリフがぽわんと宙に浮かぶ。劇画の吹き出しである。だんだん、先生の心根も、理七の気持ちも、きれいに洗われて、舞台にふわふわ浮かんでいるように見えてくる。おでん屋の時空がわからなくなる。するともう一人、作者の太宰の、汚れの向こうにある無心もまた、見ることができたような気がしてきた。セット中央の消失点に人影が、あれは、太宰じゃないだろうか?

 季節は冬から春を迎えるころ、ふわっと梅が咲いたり、桜の花が散ったりする。セットと雰囲気の浮遊感に比べて、セリフの音色が鋭すぎる。段田安則のかなしみがきれい。