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SCOT 『リア王』

 世界を病院に見立て、

とか、

 1984年初演のこの作品は海外でも上演され、

とか、書いてもいいわけだけどそんなことはさんざん言いつくされているような気がする。

 あんまりきれいで驚いたのである。だけどお客さんが「おべんきょう」に来ていますって人が多いのにも驚いた。SCOT、おべんきょうじゃないよ、とても美しいです、そして驚くことがいっぱい。

 リア王(新堀清純)が病院の患者として車いすで登場する。ヘンデルがたかまって、六枚の戸のかげからほかの登場人物たちが、それぞれ姿を現す。活人画のよう。桃山時代の南蛮絵というのも思い出したし、もちろんルネサンスみたいともおもった。

 そのあと三人のうつくしい娘たちが、ローラーブレードもはいていないのに、滑るように動き出したのにも驚く。肩が上下せず、服が揺れず、重心が変わらない。重心。そう、重心がとても大切みたいだ。そこに「いる」ように見えるのには重心が大切で、「いない」ように見える時も重心が決まってて微動だにしないのがコツのようだった。踊り、と言っても両手をひらっと動かすだけなのだが、それが十分に美しいおどりに見えるのも、胴が垂直にきちんと据えられているからだ。

 初めにゴネリル(ビョン・ユージョン)が口を開いて韓国語を話しだすのもいい感じの驚きだった。日本語しゃべるって誰が決めた。と、驚く自分に笑って言い聞かせる感じ。これ国際化?

 エドマンド(平垣温人)が死ぬ時、ゴネリルはさほど動揺しない。あんなにかっこいい自分の男なのにどうしてだろう。様式美?

 リア王が一人残されると、ひとは皆死に至る病人なんだなあと遠い目をして窓の外など眺めてしまう。ここが病院じゃないなんて誰にも言い切ることはできない。てことを私みたいなものでも考えるから、多少「現実に追いつかれている」のかしら。