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世田谷パブリックシアター 『神なき国の騎士――あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?』

ドン・キホーテ』は狂気の壮大なグラデーションのような本だ。その冒険は前後篇文庫にして六巻に及ぶ。川村毅はこの本とジャン・ジュネの『判決』を参考に、『神なき国の騎士』を書いたといっている。むずかしい。特に『判決』。世界の「闇」とそこでの判決について、ジュネが考察する、デザインのように組版された複雑な構成。そしてそんな難しいものについて何か言おうとする自分。神をも恐れぬ所業だね。と書きたいがその神もいない国に、ドン・キホーテ野村萬斎)とサンチョ・パンサ中村まこと)は現れる。彼らはわかりにくさを、分析を拒む闇を目指している。ドン・キホーテは持ち上げられて政治家になり、「権力」を持つ。しかし、それも一時のことだった。白い舞踏の踊り手たち(大駱駝艦)が登場して、さまざまな役を演じる。トリ(深谷美歩)が姿を変え続ける月を歌い、とつぜん世界の終りの時が訪れる。痙攣する白い身体、うす布を巻いた下半身はかすかに卑俗で、トリの清らかさと対称をなす。一転、踊り手が警官になると、半裸の胸の筋肉のひとつひとつが、隅々まで警官だ。彼らが津波を演じるところは圧巻だった。くにゃくにゃさせていた胴を精一杯伸ばし、崩れ落ちる。実際の映像よりも何倍も怖く心に迫る。

 ロシナンテ野村萬斎二役)と驢馬(中村まこと二役)がある廃屋にたどり着く。取り残された人々。舞台の前面に収容所のような鉄条網が現れる。後ろには福島の原発を思わせる格子状の建造物、登場人物がいつのまにか変身してゆく。そこは世界の終りの場所だ。ロシナンテでありドン・キホーテである騎士が叫ぶとき、彼は輝き、あたりを照らす。置き去られたものとして、闇だまりの中にいるのは実は観客の私たちである。神なき世界の狂気のグラデーションに、身を浸しているのだ。