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世田谷パブリックシアター 『杉本文楽 曾根崎心中 付り観音廻り』

デリケートな闇だった。次第次第に、観客席の上に降りてくる、生きもののような闇だ。二階席から舞台を覗きこみながら、(いま、闇というものを見ているなー)と実感する。明度の落ちかたがうつくしい。柝の音、上手から、そして下手から経を読む低い声がした。舞台中央で三味線(鶴澤清治)が弾かれ、その音色が笛の音を連れてくる。三味線が消えると、奥からお初(人形=桐竹勘十郎)が小さくあらわれる。ひとり遣いの人形だ。かわいい。大坂三十三か所霊場廻(めぐ)り、いわゆる観音廻りだ。黒幕の舞台の背後に映像がひろがる。高い二つの塀に守られた一本の道。水路となってハスの葉を浮かべたり、詞にあわせてはらりと塀が外れ、そこから鳥が飛び、視線を空に運んだりする。蝶も舞う。この世とあの世の境だろうか。最後は三点から光のあたったたくさんの観音像が順に明滅する。そして緩やかにまた闇が来る。この闇は何か近しく、抱き留めてくれるもののように感じられる。

 一方、だまされたうえに、神社でさんざんに殴られ、鳥居に手をついて、すごすごと奥へ去る徳兵衛(人形=吉田一輔)の後姿には、無間の闇に落ちていくような苦しみがある。

お初と徳兵衛は、絶望の闇と、抱き留めてくれる闇が、ないまぜになった中を道行してゆく。白い手すりが梅田の橋をあらわし、白く輝くそれは、いつの間にか、天の川に渡されたカササギの橋だ。思いあった二人、思いつめた二人は見ていて苦しくなるリアルな死を遂げることによって、折り重なって彼岸へ渡る。そこに闇が来る。親密な、そしてすこし怖くもある闇が。

手すりのない舞台を、奥から徳兵衛を支える三人の人形遣いが歩いてくるところがきれいだった。むだがなく、静かな動き。また見に行きたいなあ。再演希望。