彩の国さいたま芸術劇場 『私を離さないで』

生きてることは理不尽の連続。朝目を覚ます、学校へ行く、お金を稼ぐ、ご飯を食べる、夜眠る、そしていつか死ぬ。どれ一つとして理不尽でないことはないのに、カズオ・イシグロは、もっと峻烈な理不尽を登場人物に加える。『私を離さないで』は、科せられたその運命を受け止める三人の若者たちの物語だ(脚本・倉持裕)。

日本のある場所に、ヘールシャムと呼ばれる寄宿学校がある。生徒たちは特別なのだと言い聞かされ、日々を送っている。八尋(多部未華子)と鈴(木村文乃)は仲のいい友達だが、いじめられっ子のもとむ(三浦涼介)を挟んで微妙な三角関係を形成する。

舞台は暗幕で覆われ、吊りこんだ照明がわずかに反射できらっとする、と見えた次の瞬間、芝居が始まり、照明は星のように「ひからされている」ことがわかる。ごくかすかな、小さな光。

目の前でもとむと鈴に親密な態度を取られる八尋のかなしみ、八尋ともとむの心の底の繋がりを見せつけられる鈴のかなしみ、場面の終りに天井を見上げると、そこに小さな明かりが残っている。星というよりいつかそれは彼らの涙が灯っているように見えてくる。

ひさしぶりに再会した冬子先生(銀粉蝶)のそっけなさに無邪気に期待する八尋ともとむ。そして打ちのめされる二人。その理不尽に覚えがある。この芝居は失い続ける人生について語っているのだ。

打ち砕かれ、傷つけられて、いつの間にか失った体の中の一部分が、舞台の上で、再現、再生されてゆく。涙が流れる。空には星が、涙を含んで光っている。

美しい舞台だった。吹き込む風、押し寄せる波が、少年少女の孤立感を強く印象付ける。クライマックスの叫び声をあげるシーンなど、映画より優れていると思う。もとむの前髪が長くて、表情がみえにくいけど、役柄には適っている。