日生劇場 『昔の日々』

 真紅の張り出し舞台、真紅のシェーズロングが左右に二台、真ん中に真紅の肘掛椅子が一つ。張り出し舞台の奥はみな灰色、中央に暖炉、下手側にピアノとベッドが一つ、上手にはガーデンテーブルと二脚の椅子、葉の落ちた木が一本、二人掛けのベンチ。

 開演前に低く唸るような音がして、灰色の暖炉に火が入る。燃え上がる炎を見ながら、「火に見入る」という行為が分かちがたく「思い出す」という行為に結びついていると思った。そして、登場人物たちの間ではげしい記憶の奪い合いが、灰色のセットを閉ざした、プロセニアムアーチのこちら側で始まる。暖炉の中の火のように。

 ディーリィ(堀部圭亮)とケイト(若村麻由美)は40代の夫婦、20年前会ったきりのケイトの友人アンナ(麻実れい)の到着を待っている。しかし、アンナは最初から舞台上にいる、夫婦に背を向けて。それはアンナを夢の中の人物のように見せ、空間全部が夢であるような感じを与える。まずアンナが思い出を語る。ケイトをめぐって、自分が所有する思い出を武器に、ディーリィとアンナはたたかう。たたかいは一進一退、夫婦の秘密であるはずの寝室までもつれ込むが勝負はつかない。次第に、ケイトは二人に囚われて身動きの取れない若い女であるように見えてくる。一瞬ごとに空間の見え方が変わり、一人の女を奪い合う二人の恋人の芝居なのか、二人の女を所有した男の芝居なのか、一人の女が二つに分裂しているのかわからなくなる。もはやそれはどうでもいい。一瞬ごとの変化を楽しむ。「誰が思い出す者なのか」、それを探って芝居は進む。勝ったと思った者はあの燃え尽きた景色に閉じ込められるのだ。灰色のセットは、蜃気楼のように宙に浮いている。

 役者はみな好演、こんな難しくて面白い芝居ができて、楽しいだろうと思うのだった。