劇団チョコレートケーキ 『親愛なる我が総統』

 狭い。舞台は、ことさら狭く設えられている。圧迫感。二重の上に机、上手に迫る壁の、小さな明かりとりの窓には鉄格子がある。窓からぼんやり斜めに光がさし、机と椅子がかろうじて見分けられる。暗さに目が慣れると、机を囲んで三脚の椅子があることが分かった。背景には灰色の壁、それは半ば壊れていて、戦争の廃墟を思わせる。

 元アウシュビッツ収容所所長、ヘース(浅井伸治)の取り調べが進められている。場所はポーランド、死刑は決定的だ。二人の判事は共に戦争で家族を亡くしている。シマノフスキ(岡本篤)はヘースを自分たちとかけ離れた悪として断罪し、早く死刑にしたいという復讐心に満ちた苛立ちに捉えられている。対するノヴァク(谷仲恵輔)はシマノフスキを押しとどめ、ソビエトの衛星国となったポーランドの現在を生きるべく、慎重な態度をとる。ヘースの心理分析のために、精神科医のバタヴィア(西尾友樹)が呼ばれた。

 冒頭、登場したヘースが、椅子を引き出して座り、「ハイルヒトラー」と呟く。その一連の音が現代音楽に聴こえる。へースは着席したまま、周りで三人の人物がやり取りを続ける。「命令」だからユダヤ人の絶滅に力を尽くしたというヘースが、なぜか次第に年若い少年のように見えてきた。「命令」を重んじ、「義務」を果たし、「上役にいい顔」をするふつうの人々、その中に胚胎する種子から芽を出した、ひょろりとした双葉。バタヴィア教誨師のように、ヘースが「人間であること」を認める。しかし、それと引き換えに彼がヘースに求めるものは、考えることをやめている人間には、受け止められないほどの大きさだった。ヒトラーは白亜の大神殿のような巨大な夢をヘースに見せてきた。最後のセリフに現れるその神殿は、傷だらけで、染みがつき、まともに映らなくなった映画のフィルムのようである。