シアタートラム 『アンサンディ 炎』

 (遠くから近づいてくる炎を、身じろぎもせずじっと見ている。まばたきしない。火の粉が飛ぶ。煙がしみる。でも動けない。睫毛が焦げる。火が熱く、痛い。)

 ナワル(麻実れい)は内戦を逃れて、中東からカナダに移住してきた。彼女の死後、双子のこどもたちジャンヌ(栗田桃子)とシモン(小柳友)には、奇妙な遺言が残された。会ったことのない父と兄を探し出し、ナワルの手紙を渡すようにというのだ。愛情を全く表わさず、最後の五年間は口を利くこともやめてしまった母の願いに戸惑いながら、ジャンヌは中東に向かって旅立つ。

 1975年、レバノン内戦勃発。パンフレットで何度も解説を読むが、なかなか理解できない。むずかしすぎ。だが、憎しみが憎しみを生み、報復が報復を呼ぶ状況に、解説は要らない。炎が、辺りを舐めつくしながら、登場人物たちに刻印していくのを、観客は熱さと痛みに耐えつつ見守る。刻印のあまりのシビアさに、作者が双子を設定して傷を分かち与えるのも当然と思えた。傷を受けた家族たちも、レバノンという国も、再び肩を寄せ合っていくのは容易なことではない。しかし、黒衣をまとったナワルのまなざしは、傷の深さを越えて、(わかっている)と伝える。このまなざしに、ようやく救いがある。前半は伏線ばかりだが、後半はひきこまれる。特に姉弟が真実を知ると、舞台の空気がそっくり入れ替わったようだ。

 岡本健一複数の役の「程」がいい。上品。しかし、イスラム国を思わせるニハッドの狙撃シーンはもっと前に出ていいくらいだ。小柳友、素直な芝居。あとボクシングは上手に「見える」ことが大事じゃないかなあ。