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東京芸術劇場×明洞芸術劇場 『半神』

 お姉さんのつっまびく、しゃみせんにー。こまどり姉妹が流れて、ザ・ピーナッツが流れる。合間を、k pop がつないでいく。ここは東京池袋。舞台にはDNAを模したという、螺旋階段とその階段を抱きかかえるように伸びる二本の突端。トレーニングウェアの役者が一人、また一人と舞台に現れて、アップを始める。さりげなく出てくるが、その顔は引き締まり、ぎこちなさがある。がんばれ。現代口語演劇に負けるな。ふと目を伏せた彼らの表情に、何か祈りのような、一心なものを感じて、胸をうたれた。無雑作に動かす関節の滑らかさ、筋肉の緊張と弛緩のくりかえし。突然多幸感が来る。この芝居に巻き込まれていく喜びだ。ゆっくりと、すべてが渦巻き始める。

 マリア(チョン・ソンミン)とシュラ(チュ・イニョン)はシャム双生児。心臓が一つしかない。9歳の彼らに「他者というもの」を教えるため、家庭教師(イ・ヒョンフン)がやってきた。美しいマリアと賢いシュラ、話もできないマリアと醜いシュラ。おふろの栓を抜いた渦の中から、双子を狙う世界の果ての謎の一団が現れ、分離手術をうける二人と交錯する。

 シュラは孤独になってみたいと願う。その孤独は、真珠の首飾りのように首にかけて眺められるものだ。うーん、午後七時の孤独だね。しかし、シュラを(マリアを)最後に訪れるのは午前三時の、深海のような孤独だ。「さよなら」から心の中に孤独感がしみてくる。水面に落とした和紙に、水がしみ出すみたいに。明け方目を開けて待ち受ける、二度と帰らないもの、失われたもの。眠れないまま呼びかける声は、これまであったどんな時間にも似合う霧笛の響きなのだ。イヤホンの事務的口調が次第に熱を帯びてきて、その気持ちがわかるというか、いやじゃなかった。しかし、イヤホンなしで、もう一回観たい。水準以上の好演だった。どこでやっても野田秀樹だった。