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無名塾2014 『バリモア』

 奈落の口が開いている。中から椅子の背や姿見が顔をのぞかせ、舞台上には何もない。照明を吊りこむタワーが袖奥にくっきりと見通せる。

 普段劇場で、観客が眼にすることがないものをじっと見つめながら開演を待つ。タワーのそばで舞台の進行を見守る俳優、そのドーランでちょっと汚れた襟、ロングランにやつれた持ち道具、もしかしたら内くるぶしに貼られているかもしれないバンソーコーなどを、見たかのようにありありと思い浮かべる。

 奈落がせり上がった。椅子や小道具が配置される。不思議なものが出てきた。プロセニアムアーチだ。しっかりと組み合わされ、ねじで締められる。支えられ立ち上げられる。

 名優バリモア(仲代達矢)が登場して、プロセニアムアーチの向こうを一杯機嫌で通り過ぎていく。彼は医者の診察鞄を持ち歩いていて、そこにはいつも酒瓶が入っている。アル中なのだ。

 戻ってきたバリモアはリチャード三世のリハーサルをしながら誰にともなく問わず語りに、来し方について話し始める。

 ゲイだったのかもしれない。絵かきになりたかったのかもしれない。破滅した父の血をひいてしまったのかもしれない。しかしバリモアの口から本当のことは聴けないのだ。なぜならプロセニアムのかかるここは今、バリモアの舞台だから。彼は演じる。演じ続ける。そしてそれに疲れ、絶望している。プロンプターのフランク(松崎健二)を罵る怒り、フランクに去られ、祖母に呼びかける子供のような恐怖、そこには彼の本心が見える。バリモアが「あーあ」と吐息をつくとき、貰った剣を目を輝かせて振り回すとき、この人物を好きにならずにいられない。仲代達矢のバリモアは、役者、人生というものを達観しているようだ。寂しい話だが、フランクが戻ってきてくれてよかった。