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おちないリンゴ#12 『そのときのはなし』

 四作のオムニバス。

 アップルパイで兄さんときたらもうそれは尾崎翠でしょっと決めつける間もなく、テニスのラリーのように芝居は始まる。兄(森田陽祐)、妹(木村佐都美)、その恋人(粕谷大介)、兄は妹を演じ、恋人は兄を演じ、役割はくるくると変わって見定めがたい。木村佐都美の最初のセリフまわしが、クラシックな、丁寧な発語でよかった。出鱈目な方言が、もう少し口慣れして、確信ありげな感じだったら、更に面白かっただろう。

 二つ目の「女2」は小説を書きながらOLをしている女性(由川悠紀子)の話。三つ目は「POSHLOST」、ゲームのストーリーの、ハッピーエンドとバッドエンドを超えたトゥルー・エンドを求めて七転八倒する女性作家(木村佐都美)の苦闘を描く。次第に、尾崎翠のことを、色濃く思い出すのである。尾崎翠は不遇の人だった。恋人には去られ、薬中毒で、田舎に引きこもった。何より、不遇であることを、本人が知っていた。「このまま死ぬなら、むごいものだねぇ」と、言ったって。二つのストーリーはどちらもものを書く女性がヒロインで、書く人がまず最初に心の中に持つ、「このまま死ぬならむごいものだ」という小さな、忍び音のような述懐が、叫びになって芝居に流れ込んでいる。ちょっと辛い。しかし、愛が実感できない作家を受け止める夫(木内コギト)の存在が、辛さを緩和してくれる。そして、その存在があるからこそ、辛さも際立つ。

 四つ目は食器を段ボール箱にしまいながら「永遠」について語り合う男女(木内コギト、由川悠紀子)。二人は別れようとしているのかもしれない。それは最後まで明かされない。その方が玄人受けするのかも。でも、やっぱりもう少し話が動いた方が(風がそよっとする程度でも)、見る楽しみがあると思った。