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シアターコクーン 『プルートゥ』

 手塚治虫は、丸い。角がないという意味じゃない。なにか球体のものがつけた軌跡のように、描線の後ろに丸い広がりを感じさせる。全てが美しい丸い線からうみだされている。

 浦沢直樹のマンガはどうか。私は海底の、円形の筒の中にぎっしり詰まったケーブルの束を連想した。計算された伏線、繊細でかわいい女の子、血腥い殺人現場、戦闘シーン、なにもかもが入り組みながら整然と、スピードを上げてクライマックスへと収斂していく。それはよく考えると、マンガの画面がコマ割りされているのに似ているのだ。

 舞台前面上手から下手までを埋め尽くす、ロボットの残骸。灰色のそれは照明で少しほの青く、舞台中央にはマンガのコマの大きなパネルが、灰白色に、白紙のまま広がる。こちらの灰色はかすかに暖かい色調だ。遠くから聞こえる風の音、あるいはサイレン、あるいは悲鳴のような声とともに、上手から下手へ、明かりが移動する。それにつれて、コマの中に、原作『プルートゥ』の登場人物が浮かび上がって消える。ふしぎ。これがプロジェクション・マッピングかぁ、ってかんじ。映像(おもに原作マンガ)が多用されるが、まるでマンガとダンスと演劇が、いっしょにコマ割りされているようである。柄本明演じるブラウ1589が、「これが心」と絶妙のトーンでセリフを言った後、ダンスが始まる。アトム(森山未来)をはじめ、何人ものダンサーがバラバラになったコマに囲まれた狭いスペースで踊る。しかし、誰かが誰かの邪魔をするということが全くない。常に動線が美しく確保されていて、ペン書きされた、確信に満ちた線のようだった。ゲジヒト(寺脇康文)はその髪の色のように軽やかな芝居をする。主役でもあるので、もう少し重い芝居でもいいと思う。