劇団鹿殺し復活公演 『ランドスライドワールド』

 過疎の村で土木業を営む羽根田大地(今奈良孝行)は、自分の子の四門(しもん=オレノグラフィティ)と二生(ふたお=山岸門人)、奔放な姉洋子(鷺沼恵美子)の置いていった五朗(丸尾丸一郎)と三太(木村了)を育てた。育てたというものの、実態は、力と恐怖で押さえつけ、その上に君臨したのだ。

 その父大地が屋根から落ちて死ぬ。突然重石の取れた兄弟たちの間に、奇妙な価値の転倒と、ねじれた戦いが生まれる。

 ランドスライド=地すべり。芝居を観た後思い浮かべるのは、真下に掘り進んでもそこにあるべき父の遺体はなく、父によって埋められた場所から懸命に抜け出しても、目指したところに救いの目印はないというイメージだ。

 父に逆らう、父から隠れる、逃げる、すべての座標軸になっていた父の死で、兄弟の中の悪があぶくのように現れる。それは蠅の形をとる。上の三人は父親の抑圧で解離した分身をそれぞれ持ち、蠅や分身とともに歌い、踊る。妄想も過去も、見分けがつかないように演じられ、集中を切らすとついていけなくなる。心細い。誰と誰が血のつながった兄弟なのかと見分けるのが大変で、半ばあきらめつつ芝居に見入った。白装束の父が最後に現れ、惨劇を繰り広げる「少年たち」(彼らは未熟な少年なのだ)にとても感じよく語りかける。うーん。話の結末として弱い。ブリッジにもならない。と思ったのだが違った。作者は「憎む」という目印さえ登場人物から奪ったのである。こわい。虫眼鏡を覗く木村了のふっくらした頬にちらっと表れるえくぼを見ると、全ては自ら指を切り落とした三太のランドスライドワールドだったのだろう。

 昨日蜷川のハムレットを観たばかりだからだと思うけど、みんな発声もっとがんばろう。