ミューザ川崎シンフォニーホール 『フィガロの結婚 ~庭師は見た!~』

 金蒔絵に見える大きなタンスのような、櫃のような縦長の箱が三つ、舞台にある。黒い舞台面も金にあらく塗られ、隙間から地の黒が所々覗く。タンスの正面には大きく、紅白の梅や桜があしらわれている。舞台前面まんなかに長い竹が交叉。開演五分前。ざわつく中を庭師アントニ男(廣川三憲)登場。(出た、庭師!)と思う。竹の棒を2本持っていて、正面のクロスした竹(それは庭木であるらしい)を摘んでいるという芝居。棒を打ち合わせて鋏の音を出す。ちょっとアイヌのアツシを思わせる派手な青い着物に黄色の角帯、浅黄の股引をはいている。ちょこまかよく働く。

 指揮者(井上道義)が登場。口上を述べる庭師。序曲が始まる。西洋人が来る!西洋人、タンスの上部から悠々と上半身を見せ、近づく長崎をながめる体(てい)。

 昔、『フィガロの結婚』が、戸棚に男が入ってる入ってないでおおもめ、という話だと知ったときはものすごく驚いた。芸術とかオペラって、なんかこう、高尚なものだと思っていた子供だったからだ。

 40人からのオーケストラの音の上に、歌手の歌が鮮やかに載る。しかもイタリア語。日本人は日本語とイタリア語で歌う。平易で生き生きした日本語が選ばれている。野田秀樹の芝居を観るのにとても近い感覚だ。冒頭のシーンのベッドは演劇のアンサンブルが横になって体で大きさを表現する。フィガ郎(大山大輔)がベッドを計ったとたん、客席から「はっ。」と上品なざわめきが起きた。意表をつかれている。そう、野田秀樹はいつも観ている者の意表をつくのさ。その力がいかんなく発揮されている。

 アルマヴィーヴァ伯爵夫人(テオドラ・ゲオルギュー)の、過ぎた愛を思い返す歌が素晴らしかった。繊細なカットを施したガラスのように、音が多彩に響く。バルバ里奈(コロン・えりか)がひどい目にあって、辛そうに切なくうたったあと、ふとオーケストラの上に目をうつすと、そこに漂っている空気に、音がかなしさの塊みたいに浮かんでいた。

 演劇アンサンブルの衣装がかわいい。頭に音符がはさまっていて、両耳の上でおだんごのようになっている。グリーンの花柄のワンピース、胸元は着物だがすそはわきにスリットがはいってふわっと揺れる。黒い五分丈のレギンスから出た膝から下がつつましく色っぽい。足元はぴったりしたフラットシューズだ。かれらはあらゆる場面で活躍し、最初から最後までぴりっとしている。

 面白く楽しい芝居だった。拍手をしながら急に、これが初めて見たオペラだったんだとおもった。周りの人が、「ブラボー」とかほんとに言ってるもの。