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中村翫雀改め四代目中村鴈治郎襲名披露 『六月博多座大歌舞伎』

「祝

 襲名披露

 

 四代目

 中村鴈治郎丈江 」

と書いた鴈の飛ぶお祝いの幕が、上手からの風でゆーっくり、かすかに揺れている。翫雀さんが、鴈治郎になったんだね。おめでとうございます。

 幕があくと、やっぱり幕がかかってる。水色のきれいな幕。浅黄幕っていうらしい。見る間に幕は、ふるふるとふるえて落ちてくる。

 そこは上手に井戸のある屋敷内。屋敷の主人は浅山鉄山(中村梅玉)。悪い人であることは、始まるそうそう、密偵蟻助(中村梅蔵)を甘言で釣っておきながら、自ら小刀を投げて殺してしまうことで分かる。悪い人。お家を乗っ取ろうとしていて、腰元お菊(中村扇雀)をものにしようとしていて、野望と横恋慕の邪魔になるお菊の許婚を二重の意味で消そうとしている。何より悪いのは、プロセスをたのしむ奴だってところかな。

 お菊が登場してお家の重宝の十枚組の皿を持参する。鉄山が手を取る。座っているお菊の上半身が、はっと硬くなって、手を取られても動けない。うつむくお菊のきりっとした顔。断られた鉄山は、今度は皿を数えさせる。一枚、二枚、お菊がきっちり数えてゆく。五枚目くらいでお菊はふと鉄山の方を見る。かすかに(おかしいな)と思う気配。鉄山は皿が足りないことを知っている。お菊がそれを見つけてどんなに驚くかと、ポーカーフェースの下でまっているのである。いやだね。

 お菊はつるべの代わりに井戸に下げられて、責め殺されてしまう。鉄山が刀で切りつけると、お菊がそれを口で受け止める。ええー口で。唇から血の玉がぽろぽろとこぼれた。こわい。それなのにお菊も血の玉もなんかきれいなのだ。凄絶美。きっと、鉄山のようなプロセス好きのなかには、それも込みで残酷を喜ぶ気持ちがある。ほんとの「こわいものみたさ」だ。そして、これが江戸時代の「こわいもの」なのだ。義太夫までが責苦を予感して、待ち受けているような気がしたなあ。

 

 

『連獅子』

 「手獅子」っていうらしいのだが、金色の獅子の貌に、長いひれがついている小道具、それを肩にかけて、二人の狂言師中村鴈治郎中村壱太郎)が踊る。松が大きく描かれたセットは、「松羽目もの」と呼ばれる演目だ。ことばのむずかしい詞章がつづくけど、狂言師は踊りで空間に、舞台いっぱい絵をかいてゆく。巍巍として聳える山塊、その深い深い谷。白く砕ける波。目がくらみそう。そんな谷に、獅子が仔獅子を落とす。

 うーん。芸ってきびしいものだな、と月並みなことを新しく、ふと考えていたのがすごいよ連獅子。ぼんやり見てても何か厳しいものを受け取ってしまうのだ。揃えて鳴らす足拍子ひとつだって、それぞれが修練していくそれぞれのものだ。仔獅子になった壱太郎が、目の端でいつも鴈治郎の姿を追っているように見えた。

 いつの間にかからになった舞台。とおくから、なにか不穏なものが、大きなものが近づいてくる。鼓が間遠く鳴り、太鼓がそれにこたえる。なんだろう。うそ修験者(中村亀鶴)と村娘(坂東竹之助、中村かなめ)があっというまに逃げていくようなもの。激しい雨の降る前の、空の重さのようなもの。わくわくするような、来てほしくないような。ちゃりちゃりと花道の幕の音がして、獅子の精が登場する。

 目頭から目の下を通って目じりに跳ね上がる、赤い隈取。ながいふさふさした毛。大きくきらびやかな衣装。なんとなく「連獅子」という記号として知っていたものが、影のところは影らしく、光っているところは何倍も光って、精密にせまってくる。なにもかもがくっきりと、理屈を超えてかっこいい。波打ったり、叩きつけられたりする毛が、いきもののようだ。鴈治郎のくるくるときれいな渦を巻く白いカシラ。あれって若さや力で振るんじゃないのだ。一日一日身に積もる修練で動かしているのだなあと、うかうか過ごすじぶんを反省。

 

 

曽根崎心中

 近松門左衛門の有名な心中もの。

 一場の生玉神社の場で、徳兵衛(中村鴈治郎)とお初(坂田藤十郎)は、とても近くに座る。顔を寄せ合って話をしているみたいなのである。昔のことだから(人目もあるし)くっつかないけど、徳兵衛に話しかけるお初の目からスウィートな感じが、さんさんと流れ出ている。その気配がお初の高い細い声によくあっていて、まさにこれが「恋の口説」なんだなあと感心する。すごぉくうれしそうで、自然な媚を含んでいる。かわいい。

 しかし、九平次市川中車)が登場して、徳兵衛の貸した金のことをぬけぬけと知らないと言い出すと、世界は一変。徳兵衛は殴られ、辱められる。だまされたといっても、だれも取り合ってくれない。みるのがつらくなる。お初もいない。ひとりぼっち。天満屋でうちかけの下にお初が徳兵衛を隠すとき、三界にこの男の居場所はもうここだけだ、と思う。そしてそのうちかけを着るお初は、死に向かって跳躍する女なのだった。お初は徳兵衛の手を引いて飛ぶ。白刃を抜いた徳兵衛。その刃のほうへ、刃のほうへと体を向けていくお初。彼女は死を恐れていて、恐れていない。「死」という次の居場所へ、うちかけで柔らかく包んだ徳兵衛を連れて行ってあげるのだ。

 かれんでかわいく、勇気があって母性的。このひとって、だれもが恋人に欲しいと思うような、すてきなひとだった。