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『海街diary』

 とつぜん、着ている服がだぶだぶになって、袖口から指がやっと覗くくらい。或いは、シャツの首回りが見る見る一回り大きくなり、そこから肩先が出そう。急に子供になる自分。

 だけどずり落ちてくる袖をまくり、流しを布巾でふきあげたり、洗濯物を畳んだりしている。お父さんもお母さんもいないけど、ちゃんとやってますって気分。なにか達成感、でもいっぱいいっぱいだ。それは大人になるとき端折ってしまったもののせいかもしれないし、ただ単に年の取り方まちがえただけかもしれない。「大人」が足りてない。時々襲ってくるわけのわからないそうした「みなしご感」のことを、この映画を観ながら思い出した。

 だって、四人姉妹の暮らす鎌倉の家が、とっても片付いているからだ。長女幸(綾瀬はるか)を始め、次女佳乃(長澤まさみ)、三女千佳(夏帆)はみな働いている。なのに、すごく落ち着いて、片付いた景色。姉妹は、親に見捨てられた「みなしご」だ。この秩序は「見捨てられ」を回復する、またはなかったことにする心の働きなのかな。それだけ、姉妹の心の傷は大きい。そこへ、母親の違う妹すず(広瀬すず)がやってきて、一緒に住むことになる。すずを見守ることで、姉妹はかつての見捨てられた自分にもう一度出会い、深い傷から解放されていく。

 何もかもが、さりげなく丁寧に語られる。大きな透明の水槽に水をはって、そっとスポイトで青いインクを垂らしたみたいだ。その水槽には「死」も沈めてある。大船のおばさん(樹木希林)、佳乃の恋人藤井(坂口健太郎)などの描写が、少ないのにぱしっと決まっている。どの画面も景色がかすかに動く。傷は受けたときのままではなくいつか必ず変化する。ゆっくりと、死が静かに近づいてくる。雲が流れるほどの速さで花も木もひとも、全ては変わってゆくのだ。