東京芸術劇場 シアターウェスト 『障子の国のティンカーベル』

 下手に立っている障子は、上半分がちぎられたようにギザギザで、穴が開き、何だか砦の塔のように見える。上手にも破れた障子が二枚、横向きに置いてあり、おんぼろのピアノを隠している。ホリゾントに一筆描きの街の景色、手前に空を飛ぶ障子、かすかに電車の音。客席左手中ほどのドアから、一人の「女」(毬谷友子)が登場する。客席に飴をばらまく。「あっはっは、今日はたくさん持ってきちゃった!」誰なんだ。若くない。街をさまよってるみたいな女だ。舞台に上がると、猫にえさをやったりしながら、ピーターパンとして語り出す。けれどそれは、ピーターパンのまねをしているティンカーベルだった。ピーターパンは、日本の人形エーコ(ガラスの人形ケースに収められている)と、人でない者たち、中途半端なもの同士の「人でなしの恋」をする。そのあと訪れるティンカーベルとの恋も、やっぱり、「人でなしの恋」だ。幻燈に何かうつすと、それが大きくなったり小さくなったりするように、ピーターとエーコの恋、ピーターとティンカーベルの恋は幼い恋の二重写しなのだと思う。ガラス越しの恋、オウム返しの恋。だけど放っておくと恋はいつか、必ず成長してしまう。この人は、そうなる前の、人でなしの恋を語り続ける女なのだと思い当たった途端、毬谷友子が輝いて見える。破れた障子のネバーランドで、ピーターパンのことを話す、すこししゃがれた声。電車の音がする。恋を語り終えた終幕の彼女はさびしく、そして凛々しい。芝居の層がきちんと演じ分けられ、嗄れ声から甲高い声、低い音から伸びる音まで自在に操り、うたい、踊る。この芝居が実現するまで10年かかったというのが驚きだ。一人の俳優が思い通りに動き、踊れる時期の10年は重い。カーテンコールで毬谷友子はもうこの芝居には出ないようなことを言っていたが、もしそうなら残念だ。