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東京芸術劇場 プレイハウス 『兵士の物語』

 ストラヴィンスキーの『兵士の物語』のCDを買ったら、語りの人(ジャン・コクトーだった)がたくさん喋ってて、音楽と半々くらいに聴こえる。ニ回聴くのがやっと。フランス語わからないもん。

 今日観た『兵士の物語』は、ダンサーがセリフを喋り、踊る、スピーディなものだった。いろいろ新機軸。

 舞台のある酒場。上手と下手の隅に幾つかテーブルが設えられ、本当の観客が案内される。芝居の中で芝居が上演されるのだ。オーケストラピットの周りには、コクトーっぽい貝殻型の小さな明かりがいくつとなく並び、バックには重い臙脂赤の幕がドレープを寄せて下がる。大きなシャンデリアが中央にあり、小さいシャンデリアがそれを囲む。真ん中に悪魔が二匹の蛇を掴んでいる大きな幕、そこが舞台。その両側の曇った鏡に悪魔の姿が映っている。シャンデリアの灯りが、上手、中央、下手で一つずつ点いていない。欠けている。

 ストーリーテラー(サム・アーチャー)が登場、ダンサーとオーケストラを紹介し、芝居の中の芝居が始まった。兵士(アダム・クーパー)が故郷を指して歩き出す。彼は小舞台とオーケストラピットの間の危うい狭い空間で踊る。振付の途中に足取り重くただ歩くところがあるが、そのリアリティと、ダンスとに、美しさの差がない。老人(アレクサンダー・キャンベル)が現れ、兵士のバイオリンをほしがる。兵士は気安くバイオリンを与えてしまう。話が進むにつれ、ダンスは激しく、鋭くなる。王(ストーリーテラー)も王女(ラウラ・モレーラ)も彩りが鮮やかになり、生き生きしてくる。

 最後に正体を現した悪魔が、兵士を地獄に落とすと、兵士-ダンサー-観客が、それぞれの次元の、欠けている小さな穴を次々に通って、どすんと地下まで落ちる気がした。これって、誰が主宰の『兵士の物語』だったのか。気安く芝居を観に来ただけだったのに。