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加藤健一事務所 『滝沢家の内乱』

 馬琴、微妙。勧善懲悪のいかつい物語を書き、金の出入りにうるさく、金棒引きみたいに同業者の悪口を本に書く人。印象悪い。

 明かりが入ると江戸時代の家がそこにある。上手に薬研のある製薬の部屋、真ん中に馬琴の書斎(ちょっと本が少ない)、廊下、下手に後架(たぶん)。登場するのは二人だけ、馬琴(加藤健一)と嫁お路(加藤忍)だ。馬琴の妻お百(声・高畑淳子)と息子宗伯(声・風間杜夫)の声がする。この声が、ほんとうに、苛立ちと卑屈と病気と怨嗟のこもった、ひび割れたような声なのだった。この声で一転、私の中で馬琴が善玉に。馬琴は煉獄のような家を逃れて、屋根の上に上がる。空には星が出て、馬琴が心からほっとしているのがわかる。その屋根に、いつのころからか、安らぎを求めてお路も上がってくるようになるのだった。

 これはね、長年にわたる、淡いラブストーリーですね。というか、ほとんど互いに口を利くことがないような滝沢家の二人が、いつか心を通わせるようになる物語。お路は渡辺崋山が好きだったと思うけど、散漫になるから強調してないのかな。彼女は若い嫁として登場するのだが、あけっぱなしなところが、すこし、ゆっくりした娘に見えなくもない。段落ごとのキャラクターを、もう少しなだらかにつなげてほしい。この関係を清潔に描くのは難しいと思うが、成功している。

 馬琴が懸命に守ろうとした家、それは手のひらの上の夢を、ふうっと吹いたように、失われて虚空に消えて行く。とても儚い。人も人生も、好きになることも、嫌いであることも。芝居の持つ儚さにとても似ていると思った。その儚さに賭けた人のつくった芝居だったんだと思った。