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東京芸術劇場シアターイースト カタルシツ『語る室』

 舞台中央に、大きすぎず、ちいさすぎない、木が一本立っている。なんとなく木は青ざめて白っぽく見え、ささやかに枝を広げている。と、思うんだけど実際はちょっと違った。木に幹はなく、中間部がない。しかし、あるべき位置にぴしりと梢が設えられている。芝居全体が、中間を、想像する感じですね。

 とある田舎町、なごやかにバーベキューが始まりそうな公園。車を盗まれた霊媒師(板垣雄亮)と、警官二階堂(安井順平)が話をしている。霊媒師は東京から来たらしい。数年前、このまちでおきた、幼稚園バスの中から運転手と園児一人が失踪した事件を調べに来たのだ。現代の神隠し。園児は二階堂の姉美和子(中嶋朋子)の子大輔だった。心痛のあまり眠れず、犯人の手掛かりを求めて狂奔する日々を送る美和子。運転手の兄(盛隆二)は、一家離散に耐え、実家で一人弟の帰りを待っている。

 思いがけない人がつながる奇妙なストーリーは、大団円を迎えない。中間部がない一本の木を見守るというより、しだいにあの池袋芸術劇場の透明な大屋根を、未来の超現実的工法で建てているのを見ている気持ちになる。天井部と端の一枚一枚のガラスが完全にきれていて、ワイヤーや梁、接着剤ではなく、「想像力」がしっかりと屋根を空に浮かべているみたいだ。いつものSFタッチだが、美和子の苦痛がひりひりするほどリアルで、追体験がきついほどだ。しかし、そのリアルさが、伽藍の堅牢さと緻密さを支える。

 真相を知るのは観客だけというのがシブい。神隠しにあった人、公園に現れた人、なくなった財布、盗まれた車。安井順平は善人として安定の演技、板垣雄亮の微妙にフェミニンなところがよく、中嶋朋子は辛い役だが生き生きしている。輻輳する出来事が鮮やかに捌かれていく。想像力で空白を埋め、枝を広げる木の下で、バーベキューがはじまる。