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リトル・プリンス 星の王子さまと私

 目に見えないもんが大事だったんじゃなかったのか!

 「王子」(声:ライリー・オズボーン)と「バラ」(マリオン・コティヤール)に加えられた容赦ない描写に仰天。『星の王子さま』の一番終わりのページには、砂漠を表わす2本の線と、星がひとつ描かれているだけだ。さびしさ、かなしみ、よろこび、わらい、そんなものをきれいに吸い込んで、真空になったような景色。気が弱ったときには泣かずにいられないこのシンプルな絵から遠く離れて、映画は「その後」を細密に描くのだ。余白がない。承服しかねるって気持ち。原作ファンです。しかしこの納得いかない気持ちは、子供のころから持ち越している「成長」と「死」に対する理不尽感そのものなのかも。このような形で「大人になること」を見せるなんて、「無粋だなあ」とは思うものの、そこんとこふくめて物語はうまく語られる。

 進学校へ入ろうと必死で勉強するちいさい女の子(マッケンジー・フォイ)とその母親(レイチェル・マクアダムス)。学区を考えて新しく越してきた家の隣に、一人の老人(ジェフ・ブリッジス)が住んでいる。老人は「星の王子さま」の話をスケッチ付きで紙につづる。友達になる二人。

 『星の王子さま』の原作部分はパペットの丁寧なアニメーションで、女の子のパートはCGだ。このパペットの部分が素晴らしい。愛がある。紙を折って表現した砂丘、うぬぼれ男(リッキー・ジャーヴェイス)がぬっとあらわれ、景色を見つめる王子とキツネ(ジェームズ・フランコ)の後姿のマフラーとしっぽが「透けている」。その透明感がジーンとくる。

最後に、老人に寄り掛かった女の子がセリフを言うと、私のあごの下を涙が伝う。つつー。はっ気が弱っている?いや、成立しているからだ。二つに分かれたパートが、ゾウをのみこんだウワバミみたいに。