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シアタートラム 『同じ夢』

 痩せた木の立つ中庭から、台所のくもりガラスに陽がさし、歯ブラシやハイターや瓶を照らす。光の調子が強くて、日常の煤けた道具が皆、映画の主人公のように見える。斜めの陽は、古いコンロの上の鍋を銀の明るい輝きと、はっきりした暗い翳で塗り分ける。こんなに美しい鍋は、みたことがない。カラヴァッジオかとおもいました。

 昭和の住宅。うすい壁、歩くたびに揺れそうな床、縄ののれん、何だか少し建てつけが傾いでる。中央が台所、その手前に半端なダイニングセット、上手に玄関、下手に客間にも見える居間。ここは肉屋の主人松田(光石研)の家、今日は妻の十年目の忌日である。

 ためしにネットで、「殺意」をみると、「育児中に感じる寝ている夫への殺意」だの「殺意を抱くまで追い込まれる介護」だの、日常にあふれる殺意が、さらりと出てくる。『同じ夢』は、登場人物が共有する、はっきりしない、犯行に至らない殺意(暴力)についての物語だ。胸を掠める暴力。田所(大森南朋)は、故意ではないが松田の妻を殺してしまっており、松田の友人佐野(田中哲司)は認知症の母親を殺さないよう留守がちにしていると口にする。松田の娘靖子(木下あかり)は田所に対する全く見込みのない恋心を、なぜか父親に打ち明けようとし、それは暴力だとたしなめられる。

 貧しげな台所の換気扇の下、男たちが煙草を吸う。侘しい。そして、ちょっとかわいい。あの時、この時、登場人物の心に殺意がわき、それがはっきりした行動になってもおかしくないのに、全ては煙草の煙のようにあいまいに溶け、換気扇で吸い出されていく。

 暴力の衝動、もうちょっと強めでもいいのでは。夢の破れ目ってかんじで。鍋くらいのコントラストが欲しいです。