世田谷パブリックシアター 『イニシュマン島のビリー』

 「今年私の見る島の生活は一層暗黒である。太陽は滅多に照らず。来る日も来る日も、冷い西南の風は霰交りの時雨や厚い雲の群を伴って、斷崖を越えて吹き荒ぶ。」(『アラン島』シング 1907 姉崎正見訳 岩波文庫

 そんなとこでの1934年、隣の島にハリウッドの撮影隊が来て映画を撮るらしい。生まれつき体の利かない少年ビリー(古川雄輝)は、なんとか隣の島に渡り、映画スターになりたいと願う。

 田舎の食糧品店のドアをギギッと開けて、ビリーが登場した途端、どきっとする。片手は萎えて上体にはりつき、曲がった足での歩行は困難を極めるからだ。(後姿が惜しい。バランスが健康。『ユージュアル・サスペクツ』のケヴィン・スペイシーみた?)ビリーは傷つきやすそうな、繊細な感じの若者で、その声はとても知的だ。こんな人が、こんな小さな島で、こんな暴力と笑いにさらされている。田舎の剥き出しな感じ。何もかもの手触りが、自然と同じく、すごく痛いのだった。そりゃあ、出ていきたいだろう。

 ケイト(峯村リエ)とアイリーン(平田敦子)が終盤、ビリーは家にいるのだと歌うように言うと、深い井戸の底に置き去りにされたような、叫びだしたい気持ちになった。うざいおじさんとしか見えないジョニーパティーンマイク(山西惇)がおばさんたちの話で姿を変える。手袋を裏返すように今までの痛さもくらっと消え、暴力ストレス娘だったヘレン(鈴木杏)も、純情できれいな女に見えてくる不思議。

 全体にテンポがゆっくり過ぎ、真顔すぎてちょこっと荘重な感じがする。真顔で冗談いう感じにしたかったんだね。デッドパン(アイルランド特有の、無表情でいう冗談)だよねー。