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新国立劇場小劇場 鄭義信三部作vol.2 『たとえば野に咲く花のように』

 コロスの恋。選ばれなかったものの恋。

  珠代  男はくさ、やりたかときは、みーんなやさしか。

 空気を静かにかき混ぜる団扇の風みたいに、珠代姐さん(池谷のぶえ)がいう。

 朝鮮戦争が始まって一年、1951年夏、F県H港そばの「エンパイアダンスホール」、男が店の女と踊り、二階の寝間に消えるところ、造花の花が飾られ、ダイヤ型の色ガラス窓が古びている。

 その花の赤、窓ガラスの曇り、市松模様のフロア、不格好なカーブを描く階段の手すり、銘々が団扇の風を受けて息づき始める。池谷のぶえのナチュラルなリアルが、舞台の基調をつくりだすのだ。捨て眼をくれるときの虚無、おどけたもの言い、誰の邪魔もせず坦々と紡がれるその心の動線。珠代の恋の顛末が語られると、芝居はすっかり「暖まって」いる。

 康雄(山口馬木也)、あかね(村川絵梨)、直也(石田卓也)のもつれた愛情も、満喜(ともさかりえ)の思い屈した顔も、珠代の恋があることで一層くっきりする。相手役、海上保安庁の太一(猪野学)も好演している。「えらばれた」登場人物それぞれの、ギリシア悲劇から来た色の濃い、重い苦しみ、それが潮位を変える海水のように高く、低く現れる。康雄が床に突っ伏してあげる泣き声の、細い所が迫真だった。

 残念なのは刃傷沙汰のシーン、カーブがすっぽ抜けるっていうか、なんか、もったいない。ことが起こる場所はあそこしかないとアフタートークで演出の鈴木裕美が言っていたが、もう一工夫欲しいです。あと音響効果の鴉の鳴き声と雷鳴が唐突だった。でも面白い芝居なのである。池谷のぶえが人生へのアプローチを180°変えて芝居に臨んでいるところを、ぜひ見てほしい。