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前進座 創立八十五周年記念 五月国立劇場公演 中村梅之助 追悼 『東海道四谷怪談』

 おもしろーい。第一幕三場「浅草裏田圃の場」まで観終わってにっこりしているのである。『東海道四谷怪談』が好きな自分、そんな自分ってどうかと思うけど、なぜか何度も本を読んだ。

 楊枝店で何かをこらえる風に肩をすぼめているお袖(忠村臣弥)、そのお袖を地獄に出るそうなと噂し合うお下品な客たち、むしろ掛けの裏をまわり、舅左門(武井茂)の様子を探る民谷伊右衛門嵐芳三郎)の獣のような気配。

 まるで脳内劇場が動き出したみたいだ。直助(藤川矢之輔)はお袖の胸元に遠慮なく手を突っ込み、与茂七(瀬川菊之丞)の代わりに殺される奥田庄三郎(渡会元之)の腕はとどめを刺されて急にだらりと垂れる。直助と伊右衛門が、邪魔者をそれぞれ殺してお岩(河原崎國太郎)とお袖を手に入れ、目まぜしながら二本の指で手締めをするシーン。「よよよいよよよいよよよいよい」おぼえてる!梅之助の『伝七捕物帳』でやっていたよね。この公演は、中村梅之助の追悼公演でもあるのだった。

 芝居が進むにつれ、伊右衛門の表情に注意が行く。「よく泣く餓鬼だ。ノミでも食うのか」むっとしたようなつまらなそうな顔、憂愁と言いたいような、家の外、街の中、はるかにはるかに世界を覆う男の不機嫌な顔。それはつまり、不機嫌の種が世界を覆っているということだ。生まれて死ぬまで行き場が決まり、その行き場すら主の没落のために見失った男。陰鬱に閉ざされている伊右衛門の顔が、殺人の刹那、ぎらっとする。なんというか、片岡球子の絵みたいに、目の中が赤く染まる感じなのだ。

 相好の変わったお岩は、宅悦(柳生啓介)がお歯黒道具を持ってくるまで凍ったように凝然と立つ。あそこがとても可哀そう。小平と早替り面白い、「旦那様薬下され」っていう科白が、無くて残念。