ロロvol.12  『あなたがいなかった頃の物語と、いなくなってからの物語』

 通路沿いの私の膝をひょいとまたいで、さっと通り過ぎる男の人。こんなところにいたー。若者がー。と感心する。今日わたし若い人の芝居観に来ているのだと、思うのだった。

 もういない母とまだ見ぬ娘の物語。その「もう」と「まだ」のつながりを、一本の赤い糸が示す。それは靴ひもだった。

 三台の机がつなげておいてある。私から向かって左の机の上の真ん中に白い靴。その靴の上を横切って、光るような赤い糸が置かれている。糸のあたりは、コバルトブルーにも見える深い鮮やかな青い光で道のように照らされている。向かって右の机から垂れている糸の端の所に小さな明るい光だまり。赤い糸は風にわずかに揺れる。

ムスビ「僕の先っぽが湿った地面を擦って、昨日降った雨が僕の身体に染み込んでいく。繊維と繊維の隙間がじゅわりじゅわりって鳴って、それからシロップの甘さが僕の全体に広がる」

 うちに帰って上演台本を読み、一驚した。舞台ではつくりものめいて聴こえるセリフのひとつひとつに、本物の詩情があるからだ。「泡沫(うたかた)」「波打ち際」という名前が出るたび現実に引き戻される。こういうのを、「トーンが違う」「言えてない」というのではないだろうか。詩情を舞台に繋ぎとめるアンカーがない。言葉は拠り所なく発せられ、イメージを喚起せずに消えていく、いくばくかの気恥ずかしさを残して。もっと丁寧に発語してほしい。これと対照的に方言のシーン、特に西田夏奈子のせりふはとてもよかった。かすかな気配ですべてが変わる、デリケートなせりふを言う怖さがきちんとわかっていると思わせる。古屋隆太が罠をかけるシーンもいい。微動だにせず罠を見守る姿は、『レヴェナント』を思い出すくらいの高い集中だ。役柄の男女設定が不分明、「あなた」が不分明という、世界の枠組みがとても特徴的な芝居だった。