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ヒューマントラストシネマ 『AMY』

 名声が、病んでる子供をつかんで振り回す。肩を揺さぶる。つきまとう。

 エイミー・ワインハウスは、1983年生まれ、ロンドン北部に育った音楽好きの女の子だった。ドキュメンタリーはまず、友達の14歳の誕生日に、軽い感じで、けれどとってもうまく、ハッピーバースディを歌うエイミーの映像から始まる。それから、車の中でマネージャーのニック・シマンスキーと話をしているところ。エイミーの目を見る。生まれたときからビデオやカメラが身近な世代で、撮られ慣れているからか、ものすごく無防備。その顔には、盲点のように、何も考えていない、かんがえるのを止めている場所がある。馬鹿になっているところ。きっとそこには、9歳の時に出て行ったお父さんや、食べ吐きの過食症がいる。それはカメラから見えない側の手の中に、くしゃくしゃに丸め込んだ汚れたハンカチみたいに、ぎゅっと詰まっているのだ。

 マネージャーのニックがどこから見てもすごくいい人なので、おせっかい焼きになって画面につぶやく。エイミー、この人にしとけば?でも、手の中のハンカチがエイミーを、傷の方へ、傷の方へと運んでいく。同じように病んでる子供、ブレイクにエイミーはぞっこんになる。ブレイクはエイミーにヘロインやクラックを教える。「ビジネス」を考える周囲は彼女を休ませない。破局が近づく。すこしかすれた声、どんな風にも歌うことのできたエイミー・ワインハウスが、舞台に上がっても歌えない。痩せた躰。追いつめられた目。そのエイミーのまなざしが、映画が終わってもながくながく目の裏に残る。小さく丸めていたハンカチが、手から溢れて広がり、顔を覆い、口をふさいだように見えたのだった。