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遊園地再生事業団+こまばアゴラ劇場 『子どもたちは未来のように笑う』

 天球模型のように下がる電球、斜めにつられた蛍光灯、モニターが二面。中央に丸い大きな球の照明、その下に机が二つ寄せておいてある。それを遠くから囲む8脚の椅子、ゆりかごが一つ。これらすべてが8角形の「ケージ」に入れられている。「内側」という名の宇宙、考え込む宇宙だ。と書いたものの、これ胎内だよね。精子が入り込んで、受胎、着床。

 芝居は子どもを体内に持ちつつ進行する。ワークインプログレスの時と比べて変わっているのは、「初速が失われている」ってとこだ。ワークインプログレス(試演?)の時は、芝居(エチュードかな)全体が軽く、速く、たぶん「妊娠・出産を笑って『消費』している」という批判と反省があったのだと思う。それぞれのシーンは鈍く、重くなった。佐野洋子の生々しい出産記が叫ぶように引用される。ワークインプログレスとこの公演のあいだに、重度障碍者を殺害する事件があった。ここでは障害児を産むなという意見と、産むという当事者の間で感情がもつれ、突き飛ばす行為が生まれる。経済効率の中から出てきたこうしたかんがえが、いま世界中の人に取りつき、経済や生産性から置いてきぼりになっている人たちすべてを悲しい気持ちにしているよね。疎外されたものが、さらに疎外されたものを否定する。疎外されているのは女たちで、その妊娠をめぐる「売り言葉に買い言葉」の諍いを文字通り「演出」しているのが、男の人の宮沢章夫だというのが、やっぱりぜんぜん納得できません。作者は創作しながら想像妊娠して、もっと妊娠出産と四つに組めばよかった。「彼」は「妊娠、生殖」に囚われた世界を、とおいとおい外宇宙から、じーっと眺めるのである。