イメージフォーラム 『ジャニス リトル・ガール・ブルー』

“サマー……”

 嗄れた声、書家が一気に引いた勁い線のように、墨にはたっぷり余裕があるのに、美しい掠れが出る。字の輪郭ははっきりしているが、「かすれ」は激しく、「あばれている」。音が伸びる。輪郭が消えそう。もしかしたら、もう墨はないのかもしれない、全てが朧で、ぎりぎりで、あいまいなのに、声の響きだけが残っているのかもしれない。

 「余裕」か「ぎりぎり」か。27歳で死んだジャニス・ジョプリンに訊いてみたら、「どっちもよ。」と答えるんじゃないかと思う。両義的な人生さ。

 ジャニス・ジョプリンは1943年、アメリカ、テキサスに生まれた。いじめられっこだった。テキサスの田舎ではきっと人と違うことに関心があったり、考え方が違うことを隠そうとしないといじめに遭うんだね。日本と変わらん。17歳で歌い始めたジャニスは、次第に自分の才能に気づいてゆく。同時に彼女を受け入れない人々の悪意も頂点に達した。通っていたテキサス大学での「キャンパス一醜い男」の投票で、一位に選ばれてしまうのだ。この時代にジャニスは、ドラッグ中毒のため一度実家に戻されている。どうしてドラッグを始めたのかという問いに、彼女はこう答える。「心の痛みが知りたかったから。」これ、「余裕」のほうのこたえじゃない?人生を選び取り、才能を信じ、孤独に強い、サクセスを成し遂げるジャニスの返事だ。一方で、「ぎりぎり」の方のジャニスはこういうだろう。「心の痛みに耐えられなかったから」強くて弱いジャニス・ジョプリン、強靭さと、繊細な苦しみの感覚、その二つが彼女の歌には溢れているのだと、映画を見るとよく解る。