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新国立劇場小劇場 『フリック』

 映画館の思い出。満員の映画館で、通路側が一席、ぽかんとあいている。急いで近寄って、「空いてますか?」と尋ねたら、スーツにメガネを光らせた小太りの青年が、「ここは来るんです!」と思いのほか激しい口調で答えた。ふーん。そうなの。私は通路に座って映画を観たのだが、その席には最後まで、誰も来なかった。ウォン・カーウァイ恋する惑星

 映画館フリックは、穴倉みたいだ。トンネルみたいにドーム状で、煉瓦と漆喰、煉瓦が落ちてしまったところにはセメントが塗られている。大きな四角いダクト、二列の灯り、うすいあずき色の座席。貧寒としているのに、なぜか暖かいのは、《EXIT》の表示の心臓のような赤のせいだろうか。

 この映画館に、二十歳のシネフィルが雇われてきた。アフリカ系アメリカ人、エイヴリー(木村了)だ。彼は掃除係のサム(菅原永二)に仕事を教わり、映写係のローズ(ソニン)と仲良くなる。結構深い話もするのだが、貧富の差、階級の差、人種差別がかれらをばらばらにする。

 三人は映画館支給の黒い宣伝入りのジャンパーを着ている。THE FLICK。ネガティブなこと、つらいこと、「こんなふうになりたかったわけじゃない」、呟いて背中を見せるたびに、それはこの世を罵る禁じられた言葉のように見えてくる。

 きもい皮膚病になってしまったサム、サムがローズから顔をそむけたままで愛を告白するシーンは、まるで病気の犬が瘠せた四肢を震わせているようにみじめで、そして美しい。サムとローズが付き合うようになったのかどうかがよく解らないように作ってある。つきあったと思う。そうでないと、「なんなの?」と言い合っている所の動機がちょっと弱いもん。