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ビルボード東京 ヤエル・ナイム

 billboardと、ステージ正面に大きく吊り看板が出ていて、見るともなく眺めていると、活字の丸く囲われたところにみな色がついている。最初のbは紫、次のbの丸は赤、oはオレンジ、aは青、dはピンク。

 舞台下手にピアノ、ピアノの前にギターが立てかけてあり、隣のアンプ横にもギター(ベース?)、上手にドラムス。

 少し遅れて、ヤエル・ナイムが登場する。なんだかすこし恥ずかしそう。長い髪を簡単に頭の上でまとめて、肩が透ける黒いブラウスと足首のあたりが細くなった黒のパンツ、金色の、板状の変わったネックレス。グリーンと青の照明、ギターを抱えて歌い始める。喪失の歌。アルペジオする指が慎重でかわいい。2曲目はI Walk Untill、鉄琴だ。鉄琴の左手の撥をすい、と捨てて、ピアノに移行する。次に右手もピアノになる。耳を澄ましてピアノの音をよく聴いている顔だ。たった今、音を混ぜて音楽を作っているんだなあ。色水遊びを連想する。花びらをもんだり、食紅を溶かしたり、薄紫や赤や黄の透きとおる水を作って、混ぜて遊ぶあれ。混ぜる時のあの、息詰まる緊張。色水のようなあざやかな音が生まれてくる。ピアノの音がきらきらしている。ヤエル・ナイムの声は乳白色のガラスのようだ。すこしかすれながら出て、小鳥のようにきれい。

 『Older』は誕生と死について扱ったアルバムだ。大切な人を失って、子どもを産み、自分も死ぬのだと(生と死のサイクルの中にあるのだと思って)ちょっとパニックになりました。ふうん。でもライヴを聴くうち、心配いらない感じがしたな。なぜなら音楽こそがお産婆さんで、また死の看取り手であるような気がしたから。

 「Walk Walk」をうたうとき、コーラスを観客に歌うように言ってくれたのだが、東京のお客さんはシャイだった。私もちょこっと声だしたけど、自分の声で現実に引き戻されちゃって、あまり歌えず、ごめんなさい。

 マルチニーク島のクレオール語(一緒に音楽を作っている夫のデヴィッド・ドナティアンの故郷)の歌を歌うと、ビルボードの背後の幕がすーっと開いて、背後の公園のイルミネーションが見える。田の字形をいくつも延長したような「カーテンウォールシアター」だ。田の字の四角い仕切りはすべて揺れる繊細な白いカーテンで出来ていて、風にふわっとなびいている。そこにとりどりの色の光線があたり、端から端へ、「色が渡っていく」。鉄琴の音色とやさしい歌声、夢を見ているような景色だった。