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世田谷パブリックシアター 『遠野物語・奇ッ怪其ノ参』

 地勢。たとえば、「明日から刀はなしだってさ」と海辺の町から平野を順繰りに、人々が腹立ちながら後ろの人を振り返り、奥へ奥へと申し送りする。と、不意に険しい山が現れて、もう次に伝える人が誰もいない。憤懣は山に当たって跳ね返り、高まり、とうとうこの地で士族の反乱がおきました。というふうに山懐の小さな城下町で考えたことを思い出した。遠野は盆地だ。どこから来るにも、どこへ出るにも、峠を越えなければならない。人間関係は濃密になり、噂はあっと言う間に広がる。すこし息苦しい。首をすくめて暮らす。でも大丈夫。遠野の人々は、「語り」を発見する。現実であって、現実でないもの、折り合いをつけて生きていくために不可欠なもの。正邪、真偽、生死の二元論で分けられない、果てしなく続くグレーゾーンの世界。

 凍った地面に雪がまだらに吹き付けたような、大きな大きなパネル。「狼(おいぬ)」とすぐ思う。鉄さび色のゆがんでちぎれた正方形の上に、黒い机と古い折りたたみ椅子が二脚、すこし離れたところにスツールがひとつ。この正方形を結界のように広い舞台から隔離する、不確かな銀色の柱と線。鉦の音。

 近未来の別の次元の日本、標準化政策なるものが推進され、「迷信」は激しく排斥される。作家ヤナギタ(仲村トオル)の聞き書きした「ノンフィクション」は事実か迷信か。

 聳える山のようなパネルが近く見えたり、遠ざかったり、時代がいつか分からなくなったり、理の通る世界なんてきっとほんのちょっとだけ、あとは「ただわからない」がずっと続いているのかも。伝承は遠野の「発明」であり「ただわからない」「ただおそろしい」地霊である。瀬戸康史、「発明」の向こうの地霊に言葉が届いていた。霧がふと晴れるようなシーンで、もっとびっくりしたかったなあ。