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アップリンク 『淵に立つ』

 カッチカッチカッチカッチ

 映画館を出ても、メトロノームが追いかけてくる。刻まれた音が自分の歩きとシンクロして、シブヤの外れの舗装道路を、崖に変える。波打ち際に変える。赤い鉄橋に変える。

 こわい!

 こわい映画だったのである、最初の朝ごはんのシーンから。お父さんの鈴岡(古舘寛治)が、家族の話にまるで加わらない。娘の蛍(篠川桃音)とお母さんの章江(筒井真理子)は、母親を食べてしまう赤ちゃん蜘蛛の話をしている。ここんちは家族が成り立ってないじゃん。そこへ、鈴岡の昔の友人八坂(浅野忠信)が訪ねてくる。家の内側から工場の外の方に立つ八坂を撮っている場面は、綱が天井から首つり縄みたいに垂れていて、ここも怖いのであった。八坂は鈴岡の工場で働くことになり、家の一室に住み込む。ハンサムで親切で清潔(白いワイシャツに黒のパンツ、ちょっと怖さがわかりやすい)な八坂を、章江と蛍は受け入れていく。この受入れの感じが、乾いた水中花が水を含んで開くようだとよかったのに。

 八坂と鈴岡は大きな秘密を共有しており、八坂は家族を激しく傷つけて行方をくらます。

 この世の中で「私は一番弱いもの」であると名乗るのはとっても難しい。弱いものが実は誰かをしいたげていたり、欺いていたりすることはありふれていて、強者弱者はあざなえる縄のようになっているからだ。それがここでは鮮やかに語られる。

 メトロノームの音は映画の中のいろんな場所を経由して、今私の足元に来てるのだ。自分の中のつよい人と弱い人、正義と不正義、仇と仇持ちを見定めるように、たどるように、よろよろと歩くのでした。