読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

博多座 『二月花形歌舞伎』   (2017)

 『雪之丞変化』、さすがの私も題名だけは知ってます。記憶の底から、長谷川一夫の、肉厚な美貌の上に、ふわりと載った紫の野郎帽子が現れる。女形の人が剃った前髪を隠すためにちょっと頭にかぶったら、それが色気があるってことになって代々かぶるようになったっていうあれね。あとは何にも知らない。

 原作が昭和9年(1934)年。長崎の商人松浦屋が、同業の広海屋(市川猿三郎)や、長崎奉行土部駿河守(市川男女蔵)に陥れられて牢で自死、遺された妻ゆき(市川笑也)も斬られた。一子雪太郎(市川猿)は役者中村菊之丞(市川猿弥)と、父の朋輩で剣の達人脇田一松斎(市川門之助)の薫陶を受け、芸道にも武道にも一流となり、両親の仇を討とうとしている。かたき討ちの話です。

 母ゆきが苦しい息の下から雪太郎に遺言するとき、周りを囲んだ菊之丞、一松斎、女中おもと(坂東竹三郎)が、ゆきの呼吸に合わせてふわっと動揺し、さすがだなと思っちゃいました。

 舞台が暗くなってスモークがたかれ、いくつもの灯りが舞台に落ち、ホリゾントの青い光の列が上へとあがる。少年雪太郎を載せた盆がゆっくりまわり、まわりきったらそこには成長した雪太郎=雪之丞(市川猿之助)がいる。話が早い。

 この芝居はわき役が皆しっかりしていた。とくに掏摸(すり)の軽業のお初(中村米吉)、すばらしい。伝法で、コミカルで色っぽい。なんだか「もとおちゃっぴい」なかんじもする。簪で髪の根をちょっとかいたりする仕草が、むかしなのに今。さりげなくてきまってる。雪之丞のことが好きなのに、がらじゃないのでいいだせず、「いひひひ」と照れたように笑って楽屋を出ていくとこなんか、「いひひひ」が品がいいし、軽くておしゃれだ。子分のむく犬の源次(市川弘太郎)との信頼関係もきちんと見せていて、アドリブがちょっとぐずぐずで惜しかったけど、このコンビが好きになる。

 さて、劇場では雪之丞が鷺娘を演じている。鷺の精だって。おぼろ夜の恋に迷いしわが心。雪景色。真ん中から端に向かって透きとおってゆく傘を傾げ、青いむらさきに銀糸の着物で踊る雪之丞。うすみずいろに銀の縫い取りのある着物の裾裏、雪のしろに映える冷たい色合わせが、一転、赤の恋心を思わせる着物に変わり、さらに一瞬で白い鷺に変わる。「瀕死の白鳥」の影響があるっていうけど、本当に瀕死の白鳥を思い出した。猿之助の中身がまるで飛び立ってゆくみたいだった。バレエといっしょだね。

 仇土部は、将軍様の側室にあげようとしている娘浪路(中村梅丸)と連れ立って芝居を観ている。この娘がきれいで優しげで、見張った瞳がうつくしく、男の人が皆妻にしたいと思う楚々としたお天気おねえさんみたいなのだった。この人がきれいだということ、清らかで可憐だということが、雪之丞の心の苦しみをリアルにしている。仇の娘を憎からず思うってことね。

 一松斎は免許の巻物を雪之丞に授けるが、それが面白くないのは同門の門倉平馬(坂東巳之助)だ。平馬は土部の家来である。声が大きくて、すっきりしていて、嫉妬に駆られている人を好演している。最後の一言が内省がなくちょっと惜しい。二役で笑った。どうせ後々おじいさんにはなっちゃうので、いまはハンサムな若者で出た方がいいような気がする。

 猿之助の二役は、義賊闇太郎だ。雪之丞を助ける。その配下の丑三ツの次郎(中村隼人)もかっこよかった。

 立ち退いた雪之丞と浪路をかくまう孤剣先生(平岳大)は、どうやっているのか、着物の裾前がきりっとしていて、立ち回りも敏捷で、飛びぬけて大柄な姿も生きている。

 この芝居にはもう一つ入れ子で演じられる歌舞伎があって、平将門の娘滝夜叉姫が出てくる。パッと見、何が起きているのかわからないのだが、横一列に並んだ登場人物が、探るような手をするので、あっこれ暗闇?とおもうのだった。一巻の赤い巻物が、動いてはキマル人たちの手から手を渡って、滝夜叉の方へ行く。暗闘と書いてだんまりと読ませる、歌舞伎の演出だって。おもしろかった。手燭のあかりでやったら凄いのかもね。

 土部の屋敷で仇が待ち受ける中、雪之丞は大凧に乗って乗り込んでいく。はかりごとがばれているのにだめじゃんとおもうのだが、やっぱり凧でゆっくり中空を舞う雪之丞は狙われた。でも大丈夫。ファンタジーなやり方で、ちゃんと土部屋敷に降りるのだ。

 助太刀の闇太郎と二役なので、並んだ戸板の上手から入った雪之丞が下手で闇太郎に変わったり、その逆だったり、目まぐるしく変わる。平行四辺形の台の上にひょいと上がり、その台がさっと直角に立ち上がるのに、何でもなさそうに立っているのが鮮やかだったなあ。

 雪之丞が土部にとどめを刺すところ、いやじゃない程度に観ている者に手ごたえがある。巧いと思いました。