ムジカーザ 『第八回 上原落語会 夜の部』

 わたし開場から数分おくれた、と思ったら、もうホールはお客さんでいっぱい。寄席っぽい音楽はなしで、ムーディなダニーボーイが流れるのを、みんな静かに聴いている。今日は小学生がいないなあ。ジョン・レノンのジュリアなど、アダルトないい感じの音楽が次々に聴こえ、段々心配になってくる。

 落語とのつなぎめどうすんのかなー。

 スピーカーから今度はピアノが鳴り始める。春の気配。今日は啓蟄。紫の座布団が、赤い毛氈の上で、感慨深げにジャズを聴く。

 はい、桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ)さん、無音で登場。無音しかないよね。短髪の体格のいい噺家さん。鹿児島県出身。風邪気の音楽ゲスト濱口祐自さんを呼び入れ、「病弱」とからかっている。濱口さんにはギターがないとね、と思ってしまった。音楽とのジョイントはむずかしい、どっちも中途半端になりますからねぇ。そうかな、音楽聴いて、落語も聴けて、お得って気持ちだけどなあ。確かにつなぎ目むずかしいけど、音楽好きな男の人と、落語好きな女の人がケンカせずデートできていいじゃない。シークレットゲストの林家彦いちさんが、「(私が)ジョイントです!」と言って参加する。彦いちさんも鹿児島出身、木久扇さんのお弟子さんだ。

 今日はいきなり、桃月庵白酒さんの落語から。いい声で歯切れよく、夫婦喧嘩から始まって、世界平和が乱れていくというぴしっと一直線にサゲ(っていうよね?)まで行く勢いのあるはなしだ。奥さんがやたらとぷんぷんしていて、自分みたいで、笑わずにいられない。「きょうはあったかかったね」「わたしのせい!?」っていうのがおかしかった。江戸に持ち込む現代のイラっとした奥さんて感じ。亭主の熊公がくしゃみをするくだりが、むずむずしているところなど細かく、観客の呼吸をひきつけていて、ものすごく巧いとおもっていたら、遠慮したくしゃみが、それに倍するリアルさなのだった。奥さん(かみさん?)はここでも「なんなのそれは」と機嫌の悪さ全開だ。落語にも、こんな女の人いるんだなと思った。それとも機嫌の悪い奥さんは、時代を越えてるのだろうか。四つに組んでそのまままっすぐ相手を押しだしちゃう相撲の電車道のような、速い、白酒さんの集中力と膂力を感じる噺だった。

 白酒さんがさっとかっこよく高座を後にして、セッティングが変わり、臙脂の鍔つき帽と、黒地に細かい白の水玉シャツを着た濱口祐自さんが現れる。やっぱりギター抱えてなくちゃだめですよ。風邪はピークが過ぎ去るまで治らない、というようなことを言っていたとおもうのだが、例によって私には、紀州弁が概略聞きとれないのであった。

 ホールにギターの低音が響く。左の小指にはめたスライドの管が、キラッ。音がササラのように割れている。割れた音がついてくる。かっこいー。二曲目は『アメイジング・グレイス』、濱口さんは音が緊張しているなんて言うのだが、澄んだ音と割れる音とが一緒に出てきて不思議。主旋律が割れているときは、伴奏が澄んでいる。主旋律が澄んでいるときは、伴奏はかすかに尾を引くように割れる。『おじいさんの時計』『丘を越えて』など、指を早く動かして弾くが(早弾きっていうの?)大変そうな様子ゼロ。ホール全体が胎内、物の発生するところになったような優しい音がする。ホールに音があっている。ええのう、こんくらいの音でええけ。上品な音楽やりたい、のぅ?そんなこと早口でせきこむように言って、『冬景色』の「さぎりきゆるみなとへの」のフレーズを落ち着いて弾く。この部分美しすぎる。『故郷』を弾いて、アルペジオの中から『Hard Times Come Again No More』が立ち上がってくる。辛い時よ二度と来ないでと歌う歌、もうスライドの音はしない、真水のように澄んでいる。願いの透明さが際立って見えてくるみたいだ。

 ええ感じやの!濱口さんは余韻にお構いなしに照れ隠しでそう言って、自作の『なにもないLove Song』を歌う。咳出たらやめる、これ浜田真理子さんがカヴァーしてくれた。次回は健康な時に喋ります。次にとても速い難しい曲をやって、『テネシーワルツ』で終わり。風邪とはとても思われない、すてきな演奏だった。

 仲入り後、林家彦いちさんが、伴奏に濱口さんをたのんで登場。ブルースにあわせて砂漠の毒蛇の小咄をする。どんとうけたところで、私は実録物という、自分の身辺に題材を採った噺をやっていますと自己紹介した。

 「ある晴れた夜の上り電車、」京浜東北線が急に停車、車内は空いている。サラリーマンの上司と部下、おばちゃんたち、イヤホンを大音量で聴く若いもの。それを見ている彦いちさんの胸中と車内をスケッチする。「ぶっちゃけ」という言葉を使う通りすがりの渋谷の若者の、声の核心を捉えていて驚く。生活や性格、立ち居振る舞いがぜんぶ声に入ってる。何だか知らないけどなぜか口元を手で覆いながら喋るおばさんも、イヤホンのお兄さんも生き生きしている。

 ただ小説風(?)になっているので、「おばちゃんは、」「おばちゃんが、」と重複して主語を語ると文全体の仕立てが変わり、すこし間延びすると思う。ここはひとつ、一息にすらっと言ってほしいような気がする。お客さんがわっと沸いて彦いちさんの落語が終わり、最後にまた桃月庵白酒さんの番になった。

 話の前振り(まくら?)がブルースの話。マディ・ウォーターズのバンドにいたブルースハープのジェームズ・コットンが、フィーチャーされたリトル・ウォルターがあんまり受けるのでいじける話。ジェームズ・コットンの師匠(師匠?)のサニーボーイ・ウィリアムソンがリトル・ウォルターより受けてみせたっていうんだけど、渋い話を知ってるんだね。ブルースが好きなんだなあ。

 噺は『茗荷宿』。片道5日で江戸から京大坂まで行く飛脚が、客がめったに来ない茗荷屋という宿屋に泊る。飛脚が大金を運んでいると知って、宿の夫婦は茗荷を山ほどだし、飛脚のはさみ箱を忘れさせようとする。茗荷のみそ汁、茗荷の漬物、煮茗荷、茗荷ごはんときて、天ぷらは手間がかかりますから(笑)と出ないのだが、ここはグルテンフリーでしょと『ララランド』を思い出してちょっと笑った。さらっとやって時間はちょうど8時でした。