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新ロイヤル大衆舎 『王将 第一部』

 客席数ほぼ90の小さな劇場で、15人の名のある俳優が、出はけに苦労しながらやる芝居って、どんなの?そんな近い所から見る長塚演出の『王将』って、どんなかんじ?と、みんながみんな思い、チケットは即時完売、運のよかった私は初日に行ってきました。

 縁台将棋の縁台のような羽目板の舞台。その板張りが客席の方まで伸びている。バックに張られた幕の黒が、ビロードのように黒い。

 まず、映像みたいな静かな、こっそりした芝居ではなかった。もうちょっと大きい劇場の、舞台の上に、雲が浮かんでいて、その雲に乗っかって、至近距離でお腹の底から声を出す芝居を目撃って感じだ。

 語り(大堀こういち)がタキシードで登場。明治39年夏の初めの大阪天王寺、関西線の走る天下茶屋の北側の長屋へ、観客を引き入れる。高利貸しからまだ登場しない草履職人の三吉が金を借り、その留守に無体な取り立てを受けた女房の小春と子供たちが、姿を隠したことが語られる。長屋のおばちゃん山内圭哉が、立派な髭を生やしているのにおばちゃんである。ただしその姉さんかぶりは、アラファト議長みたいに見える。小春と子供たちの心中を案じる長屋の弘中麻紀のわななく顎。無事で登場した小春(常盤貴子)の、薄紫のリラの花のような美しさ。薄紫のオーラが出ていたと思える近さだった。三吉(福田転球)とうどん屋の新吉(高木稟)のやり取りが親密でいい感じだ。三吉はもっと無邪気で、無学な感じなんじゃないかなあ。常盤貴子、びしびし来る玉江(江口のりこ)の芝居が、体に通っていない。もっとよく聴かないと、いい反応ができないと思う。新聞記者たちのセリフも、まだ使いこなせていない言葉遣いがある。終幕、三吉に泣かされた。明日へ続く。わくわく。