木ノ下歌舞伎 『東海道四谷怪談――通し上演――』

 「お岩さんてさ、井戸から出てくるやつですよね」違う違う。お岩さんは井戸から出てこん。お岩さんは夫に横恋慕した娘の親に毒を盛られて、顔が醜く変わる。夫はそれを知ったうえで、お岩さんを捨て、若い金持ちの嫁を貰おうとするのだ。凄惨な髪すき(毛が抜けて、仕込んであった血がたらたら落ちる、)の場とかがとても有名だ。ていうか、お岩さんは夫たちに、完膚なきまでに、徹底的に復讐するので有名なのだ。

 『東海道四谷怪談』は、忠臣蔵の裏の物語になっていて、お岩さん(黒岩三佳)の話、妹お袖(土井志央梨)の話、小者として雇われた小仏小平(森田真和)のはなしが、仇討とうまくパズルのように組み合わされている。その話をはしょらずに一挙上演だ。間食のおにぎりと、おやつの牡丹餅持って、観に行きました。

 伊右衛門(亀島一徳)は、股上の低いレザーに見えるパンツをはき、今風の眼鏡をかけている。舞台後ろに下げられた透明ビニールの幕が、カブキを見ようとする私に、(これは今だよ…。今の話だよ…。)という。伊右衛門と友人たちとの会話が生き生きと現代だった。伊右衛門の殺人が、今日びのいまひとつ何もかもが身に沁みないあっけらかんとした若い者の犯罪と重なる。その分伊右衛門のわるーいくらーい深さ(あると思うけど…。)などは見えづらい。直助権兵衛(箱田暁史)は、邪とはいえ純愛だなと思った。

 立ち回りの時の低く刀を構えた姿勢がみな決まっていてかっこよく、仇討や廻文状のことばかり言っている佐藤与茂七(田中佑弥)も、かっこよく見えた。

 夢の場で、実は化け物の女(=お岩、黒岩三佳)の膝で夢を見ていた伊右衛門の、終幕眠るように斃れている姿を見ると、今までのはすべて、伊右衛門の夢だったような気もしてくる。