Bunkamuraザ・ミュージアム 『ソール・ライター展』

 麦わら帽子で街に出る。

 「あ、ソール・ライター」

 麦わら帽子のつばが視界上方を水平に区切り、キャノピーのように境界を作る。手前と向こう。私と他者。

 細かく編まれた麦わらの覆いの下で、外の景色は一層生き生きとして隔たり、近く、遠い。店の前に水を打つ商店街のおじさん。三人乗り自転車から黄色い学童帽の子供をおろすお母さん。薔薇自慢の家の、軒先に咲く、暑さに喘ぐ花。

 ソール・ライターの白黒の写真ももちろん素敵なんだけど、カラー写真の展示に差し掛かると、いきなり吹っ飛ばされたように感じる。信号を待つ大きな渋い深緑色の傘、その上にあかあかと灯るワタルナの赤い文字、傘がちょうど画面の三分の一を、信号の黒字に赤の文字が三分の一を占め、その中間の三分の一には温かいぼんやりした黄色とオレンジの商店のウィンドーが浮かぶ。また、大きなガラス越しにながめられる雪の日の景色、ぼうっと、黄色と赤に塗り分けられた車が遠くを過ぎ去ろうとしている。郵便ポストの赤が曇って水滴を持った窓に映り、それらに囲まれて、一人の女性が何も思わないような、ものすごく考え込んでるような様子で前方の地面を見ながら、やっぱり窓の向こうを歩いていく。奥にはもう一人黒っぽい服の人が手元を見て立ち止まっている。この写真の題名は『PULL』、それはガラスに貼られた戸の表示だ。一瞬で切り取られた素敵な景色、特別なものは何もない。曇ったガラス越しの写真は親しげで、切り離されている。世界は近い。世界は遠い。

 ソール・ライターの写真はこの二つを同時に言う。そのことを傘や帽子や雪や雨やウィンドーが、よく表していると思う。