ブルーノート東京 ビル・フリゼール

 白黒のエレキギターテレキャスターというんだって)を抱えたビル・フリゼールとメンバーが舞台に上がる。拍手。

 ビル・フリゼールが、「Thank You」という。静かな声だ。そしてルディ・ロイストン(ドラムス)、トーマス・モーガン(ベース)、ぺトラ・ヘイデン(ヴォーカル)とやっぱり静かに一人ずつ紹介する。時計(?)を外し、ペグを調整する。ドラムスのルディ・ロイストンはドラムスを目でチェックする。その間、ベースのトーマス・モーガンとぺトラ・ヘイデンは少しうつむいて待っている。その姿は、何か敬虔な感じすらする。

 ぽつん

 ギターの音が鳴り、雨が一粒降ってきたような気持になる。

 ぽつん

 もう一度ギターの音が聴こえると、雨はスーパースローになり、水面に落ちてゆく水滴の形を目で追っているようだ。そこへ、そっとやってきて静かに、ながく鳴らされるシンバル。

 アルバムで聴いているのと違う。アルバムで聴くときは、映画音楽の有名な旋律をどうしても追っかけてしまうのだったが、ここでは違うことが起きている。ぴったりくっついた自明の事柄の間に生まれる何か。うすいクレープを何層も何層もクリームで挟んだお菓子のミル・クレープのことを考える。クレープを一枚、破れないように剥がしているみたい。いや、水で濡らした古い水彩画の裏打ちを、丁寧にピンセットで持ち上げて、水彩画の元の色を探っているみたいだ。確かめながらの一音一音が響いてくる。水彩画と裏打ちの間に新しい層ができて、徐々に広がっていく。奇妙で不思議な音の層が生まれる。ビル・フリゼールは急がない。できたばかりの音の層を、今すぐ広げようとしない。そーっとそーっと、隙間をつくりだし、その中に入り込んでいく。

 When You Wish Upon A Star。ぺトラ・ヘイデンの声は明瞭だけど、デリケートに絞られている。スキャット(?)の繰り返しを聞いていると、不思議な謎の森に迷い込んでしまったと思い、メロディが始まっても、その感じはかわらない。ぺトラ・ヘイデンは肱の少し上でスリットになった広がる袖の素敵なワンピース。白地にピンクとグリーンの大きな柄だ。

 To Kill A Mocking Bird、ヴォーカルが細く甲高く歌うと、不可思議感が倍増しだ。とおくから近くから聞こえてくる木の妖精の声のよう。下降する有名な節をやらないでいる。ぺトラ・ヘイデンがマイクの前から下がり、ドラムスが静かに手数(っていう?)を増やし、ベースが聴こえ、不意に暗い森の中の空き地に出たみたいになり、その開けた場所に立っている。これってフリージャズ?音が斜めに降ってきて、考えているうちにこの映画音楽の主題が出てくる。かっこいい。なんか、よく知っている自明の歌(旋律だけの単純な世界)が新しくなってジャズとつながった瞬間を見たような気がした。ひと筆ひと筆に、そっと息を吹き込んで、古い水彩画を新しく蘇らせているようなライヴだったのでした。