ムジカーザ 『第九回 上原落語会 夜の部』林家彦いち 音楽ゲスト ユザーン(タブラ)

 開場を待つ列に並ぶと、前にいる後姿の女の人たちの首が皆細くて白い。あの、ごめんね、落語会的には今日はずいぶんと若い人たちが来ている。

 キーンと冷えた会場で、ひざ掛けを配る係の人が、すまなそうに、「もうなくなってしまったんです」という。いいのいいの、若い人に貸してあげて。痩せてると寒いもんね。

 ちょっと時間が押して、林家彦いち、タブラ奏者ユザーンが登場。ひとこと「...近い(客席が)。」という。二人でカレーの話をする。「ぼく、インドの楽器やってるからインド料理屋よくさそわれるんですよ」(タブラ、インドの楽器なのか!)と思う。例によって予習ゼロ、見たことしかわからないと、ある種の諦念を持って臨んだ今日です。おいしいインド料理屋、彦いちさんが好きな川魚のこと、かなり話して「おもしろいですね。」といったあと、ちょっと間があり、「...ユザーンと申します。」とぺこりと頭を下げた。その間が、プロの笑いの人ではないのに笑いの人のよう。わざとらしさのない、淡々とした人だった。

 てんてんてんまり(鞠と殿様)の出囃子にのって、林家彦いちが座布団に上がる、その前には自分で出番の「めくり」をめくっていたのだった。今日は「青菜」という話をやろうと思っていたこと、昼の部でその話が出てしまったこと、クマの話、クアラルンプールで落語をやったことなどを話し、今日の落語は「ムアンチャイ」というタイ人が主人公です、という。客席に二度ほど、主人公の名前を唱和させて(音響がよくて、会場全体がどよもす感じ)、話は始まった。

 ムアンチャイは日本のボクシングジムでセコンドにつくことを目指している。しかし言葉の壁があり、ジムではバンコクに帰れとすすめられているのだった。ちょっと暇をやるから日本の様子を見て来いと言われるムアンチャイ。歌舞伎町で果物屋の呼び込みをしたりヤクの売人と話したり、ティッシュ配りの手伝いをする。

 まず、このムアンチャイが凄くいい人だった。もしかしたら差別になりそうなところを、彦いちさんが主人公に思い入れ(思い入れてる?)、純朴な田舎の人に作ることでからくもまぬがれている。歌舞伎町では果物屋のおじさんすら目付きが「すすどく」、世知辛い。売人にヤクをすすめられ、ムアンチャイが「ご通行中の皆さま」と大声でいうとこ、訛ってないから誰が言ったかわからなかった。マウスピースをジムの「ハセガワ」が口に入れる描写が何気なく巧かったです。

 

 

こけざるの壺。『丹下左膳百万両の壺』で、子どもが金魚いれてたあの壺だ。あれをちょっと小さめにして、壺の口にあたる太鼓の鼓面をたたきやすいよう斜めに切り取ってある感じ。奏者の右に小さめのタブラ、左に大きいタブラを置く。ユザーンは空色と白のストライプのクルタを着ている。「いいかなとおもったんですが、人間ドックから出てきた人みたいかなあ」そうでも...ない。

 演奏が始まる。うーん、鼓の「ぽ、ぷ、た、ち」どころじゃない、鼓のような音、カンと乾いたおおかわの音、「どぉん」と胴に響く太鼓の音、でんでん太鼓のぱらぱらいう音、雅楽の鞨鼓みたいな音、ぜんぶある。それらすべてが両手で、恐るべき速さで演奏される。雨の日に、瓦屋根やトタン屋根、窓枠、木立の青い葉の上、地面に打ち付ける、激しい音を聞いてるみたいだ。

 雨だれの中にも規則性があるように、カン―カン―カンと乾いた音が整列して鳴り、深い音、足元まで響いてくる奥深い音がその合間を縫って聴こえる。人差し指で軽くたたく音さえ響く。右手は手首を右左に返しながら指を開いて一本ずつうちあて、左手は手首で縁を抑えて(手首でも打ってる?)とんとん打っているように見えた。

 「楽しめてるこれ?古典の曲でもやろうかな」というと、シチュエーションにあわせて作られたという、俳句みたいに短い曲を続けてやる。

 「クリケットで4点入ったときの曲」(ホームランのようなものかな?ゆっくり余韻を持って消えていく。意外にのんびり。)

 「だるい人と怒っている人の会話」(口でリズムを取ってみせてくれて、それがすごい。あの中に、叩き方と音色が入っているんだろう)

 「機関車の曲」(パンジャブマハラジャがタブラ奏者に汽車の開通を記念して作らせた曲。蒸気や車輪の動くところがある)

 馬の走る音楽っていうのが、馬が地面を飛ぶように駆け、御す人の鞭が入り、加速していくところ(ギャロップ!)がリアルだった。他の楽器と一緒だったら、こんなによぅく聴けなかったろうと思う。ついつい旋律聞いちゃうもの。表目、裏目、掛目、ねじり目、単純な編図の中から複雑な模様編みが現れてくるようでした。

 

 

 

他人の旅行写真を見るほど苦痛なものはない。写真になってる時点でテレビみたいに他人事になっているのに、「へー」「ほー」「これなに?」をうまく混ぜながら相槌を打たなくちゃならないからだ。人んち行ったらアルバムとか見せられて、きついよね。あれ、見ても3枚まで、選り抜き精鋭の3枚にしてほしい。

 彦いちさんがダンガリーシャツに着替えて、パソコンの写真を一枚ずつ披露する。2年前ネパールに行ったんです。へー。エベレストのベースキャンプまで行きました。ほー。

 お蕎麦屋さんのご主人とご一緒したんですけど、その人店休む理由を「出前」って言ってました。あれっ笑える。写真見せたい人は、このくらいのこと言ってくれないとだめだよ。面白い話しながら、3000メートル、4000メートル、5000メートルと山を登っていく。よく行ったねそんなとこ。どうやって撮ったのか、水滴くらいの大きさの星が、空いっぱいに広がった山の写真がある。でも、この写真の説明を彦いちさんはしないのだ。渋いね。

 惜しいのは山であった日本人の女の人が落語家だといっても信じてくれない話。もうちょっとドライに話さないとつまらない。自慢に聞こえる。

 人の旅行なのに面白かった。でも、旅行写真は、やっぱり苦手だ。