日比谷コンベンションホール 『デイヴィッドとギリアン 響きあう二人』

 熊蜂の飛行、リムスキー・コルサコフ。朱赤のつるつるしたルパシカを着た老人が、背を丸めてピアノの上に屈みこんでいる。二呼吸くらいすると必ず客席の方に顔を向け、歌い、独り言を言い、凄い勢いで指を動かして、ぶんぶん飛び回って一時も休まない熊蜂を音楽でスケッチする。

 老人には何もかもが少しずつ似合っていない。ルパシカ、せわしなく動く首、丸めた背中、何だかこの世からずれた人に見える。でも音楽は違う。逆に言うと、音楽にアジャストするために、あれこれ他のずれている自分を、苦労してこの世にあわせてくれているのではと思わせる。もちろんクラシックをよく聴く人や指揮者から見れば、この老人(デイヴィッド・ヘルフゴット)のピアノは正統なテクニックと表現に支えられた王道音楽ではないのかもしれない。彼の蜂のようなとめどない動きは、聴衆の「音楽鑑賞」を邪魔する。でもわたしは、「音楽をみた!」と思ったよ。その音の中に、何か生きものめくもの、たった今生まれた息遣いのようなものが、とても強く籠っているのだ。それは「残念」「入念」とかの「念」だろうか。

 デイヴィッドはピアノの神童だったけど、ノイローゼになって精神病院に入り、11年も音楽を取り上げられていた。その後知り合った女性ギリアンとの生活で彼の人生は安定し、コンサートも開け、『シャイン』という映画になった。このドキュメンタリーはデイヴィッドの才能と変わった個性が光を発し、周りの人々の姿を惑星のようにぼうっと浮き上がらせる様を撮った作品だと思う。題名を見ただけだと奥さんて静かな献身的な人なのかと思うけど、グラマー美人の元占星術師で、はっきりした、おもしろい人だった。これ、決して二人の関係だけを扱った映画ではない。題名は、とてもずれている。(2018年3月 シアター・イメージフォーラム他で公開予定)