ビルボードライブ東京 小坂忠「HORO 2018」Special Live

ビルボード東京、カジュアル席。六層になった客席のうち下から四層目。上手(舞台向かって右ね)からステージを真横にみるかたち。舞台の上に青い明りがあたって、客席ときっちり分かれている。客席には段々にお客さんが入り、飲み物を飲んだりご飯を食べたりしているが、ステージはしんとしている。シャボン玉の外と中みたいだね。私の席は右目がシャボン玉の内側、左目が外側というところ。

 今日は小坂忠さんの復活ライブ、復活だって?こないだ観た時から今日までの一年の間に、小坂忠さんは大きい病気をされたのだった。私がうかうか過ごしている間に、入院したり麻酔かかったり手術をしたりリハビリしたり大変だったはず。入院生活っていうのもまあ、夢の中の出来事みたいな気がするものだけど、無事復活して本当によかった。ギターやピアノやドラムスの並ぶこの場所の方が似合っているよ。

 下手の方向のドアが開いて、ミュージシャンが舞台に上がってくる。屋敷豪太(ドラムス)、小原礼(ベース)、Dr.kyOn(キーボード)、斎藤有太(キーボード)、Aisa(コーラス)。そして、小坂忠さんを迎え入れる。煉瓦色っていうか、明るい茶系のスーツに青いシャツの胸元を開けて、ノータイだ。少しはにかんだように笑って、バンドのメンバーと目でやり取りする。

ばんっ

 シャボン玉爆発。

 「はきなれたこのぼろぼろ ぼろ靴が」

 声もびりっと出ているし、「ほうろう」というリフレインが「放浪」「hollow」とも聞こえ、深い感じがする。さりげなく弾いているギターがかっこいい。えーびょうきだったの?音楽とともに遠くへ遠くへさまようやるせない男の歌だなと思っていると、歌い終わった小坂忠さんが、歌えるのが一番の喜びです、いろんな人に支えられて元気になりましたという。「ほうろう」の世界と、この述懐の真率さの差に、唄ってやっぱり演劇に少し似てるなと思う。

 僕のキャリアの中で大切な作品はこの「ほうろう」だから、今日はレコードの順番通りにやります、レコードの時代は順番考えるのが楽しかった。

 2曲目は「機関車」途中でピアノのきれいな音が入り、小坂さんは腰の両脇に手をやってピアノを聴いている、嬉しそうだなあ。いっぱい弾いても涼しい顔のギターとベース。

 このアルバムのプロデューサーは細野君です、コンセプトはちょい悪親父の旅行。フーテンの寅さんを意識していました。あー、1曲めの「ほうろう」のやるせなさ、物狂おしさが全編を貫いているんだね。寅さんていうより、もっとかっこいい感じだよ。それで3曲目は波止場の歌なのか。4曲めはギタリストの鈴木茂さんの作った曲、「氷雨月のスケッチ」。別れ話だよね。いい感じの別れ話だな。「おまえのくらい瞳の中に蒼ざめた街は深く沈んで」ニューヨーク?

 A面の最後の曲「ゆうがたラブ」は、作詞は奥さんだそうだ。入院生活ってね、ひまなんですよ、早く出たくて仕方なくてね、夜も眠れないんだけど、家内が来ると眠れる。いい話だけど、お見舞に来たら眠ってしまうなんてちょっと可笑しく、笑える。小坂さんのしぼった嗄れた声、でも余裕のある声に、コーラスがソウルフルに入る。赤い濃淡のベロアのワンピース、茶の長い髪は一つに束ねてある。ブレッド&バターの人のお嬢さんだって。

 B面に入って1曲目はシングルカットされることが多い、この曲もそうです。「しらけちまうぜ」松本隆作詞細野晴臣作曲。かっこいい、集中したプレー、この次の「流星都市」は断ち切ったように急に演奏が終わる、息を合わせてピタッと音が止み、こういうの、何気なくやってるけど、映画でエレベーターのゴンドラの上から、半分覗いている別の階(超高層)にさっと飛び移るくらい難しいなと思うのだった。

 次の曲は矢野顕子の作った曲「つるべ糸」です。うーん、ほかの曲とタッチが違うな。歌詞がよく聴こえなかった。惜しい。

 アルバムの最後は「ふうらい坊」、ベルボトムのジーンズに、バンダナのお兄さんやお姉さんをおもいだす。ふうらい坊!シャウト、ドラムスのシンバルが、びりびりと空気を震わせている。

 今度のことがあって、ますます人が好きになりました。歌うことがリハビリだと思いますので、また聞きに来てください。

 アンコールは「You Are So Beautiful」、「上を向いて歩こう」、「Forever Young」の3曲。You Are So Beautifulって、概略「あなたは美人」って歌っているのかと思っていたら、そこに「To Me」がついているので、んー、「あなたは美人さん(僕にとっての美人)」て感じで、いいよね。まるで自分に歌ってもらったように、お花を一本貰ったように、胸の底がすーと涼しくなりました。