中洲大洋映画劇場 『北の桜守』

 阿部寛。妻てつ(吉永小百合)と子供たち(あんなに頑張っていたのに名前がわからないなんてごめん)と別れるシーンが飛びぬけてよかった。流れ者時代のクリント・イーストウッドみたいだった。撮影の空気を咀嚼し、場を自分のものにしていたと思う。しかし、その前段がめっちゃまずいのだった。それはセリフが教条的で、演出が生硬なせいである。大体、カメラに収まるために妻を抱えて戻る、というシーンは、凄く急いでないといけないし、ひょいと抱き上げる(あら…。)という萌えポイントでないとダメなのに、突発的でもチャーミングでもない。桜のことを語る冒頭部分は、セリフが硬くて、皆感情を乗せるのたいへんだろうなと思った。修二郎(堺雅人)が一番胸の底を打ち明けるシーンで、「あんなに優秀な兄さんが」とか難しくいうけど、ここはぜったい「俺が死ねばよかった」だよね。

 敗色濃厚な戦争末期、夫徳次郎(阿部寛)は出征、てつと息子たちは樺太を逃れ北海道網走をめざし徒歩と汽車と船で「引き揚げる」。

 つらい引き揚げのシーンに演劇が使われ、てつが小さなミニチュアの、明かりの灯った家の扉を開けると、背後で大きなドアが開いて、光が射す、といった具合にお洒落にうまくいっている。ゴスペル風ガウンがびっくりで、あそこでちょっと引いてしまったのは惜しかった。

 どのシーンも構図がかっちりしていて(!えらそうだ!)美しく、吉永小百合にも負けない。吉永小百合へのリスペクトを感じた。老人から持ち物を奪う場面、それを目撃するところ、とてもよくできている。戦争のエッセンスだ。トラックの荷台に乗ったてつがしばらく振動に身を任せていた後、葛藤を破っておにぎりに手を伸ばすシーン、ちっとも教条的でなく、素晴らしかった。