丸の内TOEI  『終わった人』

 机の並ぶ広いオフィスの一隅に4,5人の人だかり、一人の男が紙袋を下げ、皆のあいさつを受けている。彼の名は田代荘介(舘ひろし)、今日で定年だ。荘介は別れの挨拶を受けながら、紙袋を持った方の手をあげて、眼鏡の位置を直す。ここ、よかった。無防備で計算がなく不器用な男、いや無防備になり計算を忘れた不器用な男が、そこにいた。ここんとこで私は荘介を好感を持って受け入れたのだが、この仕草で全編を支えるには、『終わった人』は長く、事が多い。コメディなのか違うのかが判然としない。もしやコメディではないのかもと思うのは、荘介の妻千草(黒木瞳)が、荘介のしみじみとした述懐や、定年後の愚痴を聞いて、曰く言いがたい表情、顔の上で二つの違う水が逆まいてぶつかり合っているような顔つきをしていて、決して「暗っ!」だの「重っ!」だのと一言で片づけるわけでもなく、ちょっと、エッジがきいてないのだ。ここに切れ味がないために、後半が転がらない。ここ、突然文芸物だよ。

 さんさ踊りは大事なシーンだけど、あんまり練習できなかったみたいに見える。踊りがもっと体に入ってないと、ストーリー全体に納得がいかない。

 荘介の妹美雪(高畑淳子)が飛びぬけて巧く、墓参りのシーンで兄の事情を分かっている顔をしていた。岩崎加根子はもっと見たい。

 荘介の同級生たちはみんなきっちりしっかりつとめている。二宮(笹野高史)の顛末などそうだろうなと思うけど、役者はちゃんとやっている。きちんとソツなく撮れている映画だ。しかし、誰も彼もが「ソツなく」「無事に」「出すぎず」と願っているようなのが画面から零れちゃってる。皆が皆「無事」「無難」を願っていたら、どうして面白い映画が撮れるでしょう。